4人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話
と、なんやかんやあったわけで。梨々花はシャワー室で見覚えのない男がいた。それは事実だ。
「で。その男の特徴は?」
「えっと、吊り目で八重歯で……背の高さは私より少し高くてあまり大きい人ではなかったです」
と梨々花の前には体がでっぷりとしたたぬきみたいな刑事とミーアキャットみたいな可愛らしい顔をした女性刑事がいる。
梨々花の叫びはアパート全館に響き渡り、管理人さんが、通報してくれたのだ。
きつねさんは逃げ、やれやれなんて日だと思いながらもさて寝ようかと思った瞬間にパトカーのサイレンの音。そして部屋を勝手に鍵で開けてきた管理人さんを筆頭に警察が入ってきたのだ。
鑑識も指紋採取や排水溝の髪の毛など取っていったようだ。
同室にはコアラみたいな鼻の大きな管理人さんも待機していた。
「えーと、梨々花さん……失礼ですが家主であり一緒に住んでいた男の方は? 田辺篤志郎さん」
「えっと、その出ていきました」
「出て行った?!」
その場の全員が口を揃えて言う。
「は、はい……先週出ていきました」
そうである。梨々花は4年前から付き合いすぐ同棲していた彼氏がいた。田辺篤志郎。
何事にも動物で例えるのはアレだがこの流れだとそうせざるおえない。
どちらかといえば篤志郎は笑うとカバのよう。普段は穏やかな同世代のサラリーマンの彼だった。梨々花の会社内で流行った出会い系アプリの検索で偶然出会った、いわゆる今どきな出会いでありそれしか出会う方法がないのが梨々花の現実であった。
「なぜに出ていかれたのですか? 支払いはたしか田辺さんだと。もう長く住んでますからね、信頼のおける方でしたが残念です」
と大家が言ってくるのがデリカシーなさすぎる。女性刑事はミーアキャットのようにキョロキョロ目を動かして動揺を隠せないようだが男性刑事の方はすごくニヤニヤしている。それが気持ち悪い。
「その……急なことで」
急なことで、と濁すが本当に急なことだった。
本当に穏やかな篤志郎。喧嘩もほとんどなく、家事も分担していた。落ち着いた関係だったがなかなかそれ以上進まず結婚の話にはならないが互いに忙しいということでまぁいいかと言うかんじだった。
デートも休みの日にするし朝ごはんは時間が合うのでその時はしっかり二人でご飯を食べる。夜ご飯も互いに作りあって。スケジュールもアプリで共有して。
性生活も申し分もない。不満もない。家賃も折半、貯金もしている。
だが本当に本当に突然だった。
たまたま早く仕事が終わって梨々花が篤志郎の好きなビーフストロガノフを作ろうと買い物して特にメールもせず帰った。
そこには他の女と交じりあっていた篤志郎がいた。
その後分かったことはアプリで共有していたことを利用して空いた時間を使って篤志郎が女の子を連れ込んでいたのだ。
連れ込んだからこそ掃除を率先していた篤志郎。
自分と営んでいたあのベッドで……シーツもこまめに変えてくれていてのは、綺麗に掃除してくれていてたのは……。
相手の女性は篤志郎の同僚。心なしか梨々花に似た小柄でボブで少しぽっちゃり。
「だって梨々花ちゃんとなかなか時間合わなくて寂しくて……」
という理由だったのも頷けなくもないが浮気は浮気である。
それを思い返すだけでも泣けてくる梨々花。もちろんそんなことは言えない。
「うわぁー!」
とシャワー室から声が聞こえた。刑事たちと梨々花が駆けつけると鑑識の男性が腰を抜かしている。まるで昨晩の梨々花のように。
目の前には震える箱が。とてつもない動きをしている。
みんなも驚く中、梨々花は中身をわかっている。体を張ってその箱を押さえ込む。だが動きを止めるにはその箱の中からそれを出さなくてはいけない。
赤面しながら
「みなさーん、見ててくださいっ!!」
と言うものの二人の刑事がオロオロしながらもその箱のものをなんとかしようとする。
「なんだ、なんだ? 動物か?!」
「いえ、違いますぅ!!!」
すると大家が
「そういえば昨晩は住人によるとなんか動物の鳴き声がこの部屋から聞こえたと」
梨々花はあのモフモフきつねがコーンと突然哭いたのを思い出した。あの声……震える箱を抱え込む。
「あの、このアパートはペット禁止だって言いましたよね? ちゃんと同意書にも小動物でさえも禁止だと……なのに、その怪しい動きの箱はまさか!」
「ち、ちがいますぅ!!!」
梨々花はしっかり抱える。中身は見られてはいけない。
「ペットを連れ込むのは違反! 名義も変えてない……それに更新期間もあと一週間、完全安心なアパートのためにもルールは決まってる、みんな守っている中守れないあなたは出ていってもらうぞ!」
大家が物凄い剣幕で梨々花に迫る。後ろからは刑事二人が柔道の構えのようなものをしているのが見える。
「だめぇ!! これだけは見ないで!!」
と言ったもののその箱がドーンと飛び上がった。そしてその拍子で宙に舞い中身も飛び出てみんなのところに落ちた。
全部定期、不定期にそれぞれが音を立てて動き出す。
現場は凍りついている。梨々花はもう今にでも泣きそうだ。
「こ、これは……」
「大人のおもちゃ!?」
井原梨々花、26歳。女性用コスメあるいは女性用プレジャー用品開発部平社員。
彼氏なし、間もなく宿なし底辺OLである。
最初のコメントを投稿しよう!