第二話

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第二話

 大家さんからはなんとか一ヶ月の猶予をもらい、一ヶ月後に部屋を退去で話が纏まるが引っ越し準備や手配など仕事が忙しくできるのだろうか、実家も職場から断然遠いし次住む部屋はと探すには同じ広さのところを見つけるには職場の近くでは無い。  今は近くに住んでいるが2LDKが住めるのも篤志郎と折半で家賃を払っていたから。  彼がこの部屋から去った後、半年分慰謝料も併せてお金をもらってしばらくは自分の給料から家賃を出さずに住むのであろうと思ったのだがそのお金で引っ越し費用は賄えるのであろうか……頭がゴチャゴチャしながらも出社する。  本当にさっきまでのあの場は早くどこかに行きたかったくらい気まずい雰囲気だったと思い出すだけでも脇に汗をかいてしまう。  梨々花は女性用プレジャーグッズを開発しておりその試作品や製品を風呂場の所にしまっていたのだがそれが人が入ったところで誤作動を起こし、そこから他のプレジャーグッズのスイッチ起動され、けたたましい動きをして未確認小動物騒動に至ってしまった。 「でもあの動きも悪くは無い……小動物みたいな動きの……」  と梨々花はスマホにメモをするが満員電車の中、前後左右押し込まれてうまく打ち込むことができない。  周りの人の目も気になって卑猥なワードは打つことは憚られる。 「あとでにしよう」  そして吐き出すように職場前の駅に出る。たった一駅なのに一周まわった気分でもある。それを毎朝毎晩繰り返してる。一応週2は休めてる。  異様な匂いと暑さで谷間に汗をかく。 「こういう満員電車で汗対策も……」  いろんなところでいろんなシチュエーションで製品がボンボン浮かんでしまうのは職業柄か。でもそれが現実に出るか出ないかは別ではあるが。 「早くしなきゃ!」  一応泥棒が入ったから刑事が来て取り調べが来たというのは職場に遅刻を報告はするもののやはり足は自然と駆け足になる。 「遅い!」  やはり出社してすぐ、上司の百田さくらに怒られる。 「今日は企画会議の日。強盗が入ったのは気の毒だけど具体的な時間の報告もなし、電車の中からでもも少し遅くなりますとか連絡はしないの?」 「……すいません」  たっぷり叱られた後の給湯室のコーヒー。こんなにまったりしてる場合では無いがこの時にしかこうコーヒーを飲むことはできない。 「今日も搾られたね。特に今週は百田部長は月のものだからね、当たり強いよ。さっさといい企画出した方がいいよ」 「だねー」  と声をかけてきたのは梨々花の同期の淳子。唯一残った同期。同期の女性陣はほとんど結婚して辞めた。ほぼ逃げるように辞めた。  そこまで仲良くは無いが戦友みたいなものだ。  梨々花はこの会社に入ったのはもともとコスメやグッズのデザインの企画が好きだったのだがネットで昔から流れてたこの会社のコスメの一つ、彼もメロメロお餅見たいなリップバームという商品の広告を見て入社を決めたが入ってびっくり。  コスメ以外に女性用プレジャーアイテム(大人のおもちゃ)がメインの会社だったのだ。入社してすぐに篤志郎に会ってバージンも卒業したわけだったので苦ではなかったし、篤志郎との愛も深まるわけだし。  ふと思ったが 「まさかあれ……あの女も使ってたりしないよね」  別れて数週間後、今更である。 「帰ったら消毒ね。こないだ改良品出たプレジャーグッズ洗剤クリーンちゃんで洗わなきゃ!」  だがふと気づく。 「もう、いらないか……篤志郎がいなかったら使うなんて惨めだわ」  がっくし首を折る。 「こらー、井原さん! いつまでコーヒー飲んでるの! 早くしなさーい!」 「はーい!!!」  そんなこんなで梨々花は社畜のように働き、百田部長意外にも制作チームや後輩、上司からもみくちゃにされ夜9時過ぎに帰宅するのである。まだ今日は早い方だ。  少し前までなら篤志郎が慰めてくれたのに、そう思うと元気が出ない梨々花。  昨日のきつねのことはもうすっかり忘れてしまっている。アレは夢だった。  あのきつねを助けたのは、夢だった。  そしてあの部屋にいた全裸のずぶ濡れ男は篤志郎がいなくなって寂しさのあまりに出てきてしまった妄想だ。そう思うしか無い。  篤志郎はいい人だった。  他のアプリで会った男たちは全て体目的であったし、篤志郎だけはそんな人ではなかった。  だが浮気クソやろうだったわけで。  もう男は信じられない。  実家も逃げるかのように出てしまったし、同期はほぼ辞め会社で味方なのは誰もいない。梨々花が怒られていれば自分には怒りが飛ばない、梨々花は当て馬だ。  企画書も通らない。  そんな会社に夜遅くまでいて何も実らない。婚期も過ぎようとする。  住む場所もなくなる。 「……もうダメだ」  実はもう前から限界に来ていた。篤志郎がいても彼がいない時から心は少しずつ蝕んでいた。 「もうだめ、だめ……」  アパート近くの駅に降りてもフラフラとアパートから遠くの方に向かう。 「……もうダメだ。人生終わりにしたい」  あの時の踏切……それを超えた先の廃墟のビルに梨々花は向かった。
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