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「もふもふぅー」
梨々花は昔からもふもふっとしたものが好きだった。白くて可愛い尻尾を撫でる。
あぁ可愛い。彼女の腕の中に白い狐が眠っている。足には包帯。家にあった救急箱の中にプリセットしてあった使われていなかった包帯がこんなことで役立つとは。
「よしよし、いい子いい子」
キツネなんて飼ったことのない彼女は明日には役所にでもこのキツネを保護してもらおうと考えていた。
会社帰りに線路の中でうずくまっていたこのキツネ気づいたのは梨々花が線路に飛び込みたい気持ちがあったからだった。
誰も目もくれない。白いかたまり。最初は猫か犬かと思ったが近づくとその二つにはない大きなもふもふな尻尾が。そうでなくても助けようとはしていたがなんて可愛いのだろう。線路の溝に足を挟んでしまっている。
「大丈夫だよ」
優しく声をかける。自分も誰かに声をかけられたい。助けてと叫んでも伝わらない。このキツネも白くてモフモフとしているのに誰にも気づいてもらってない。気づいてるのであろう、でも誰も手を差し出そうとしない。
それがまるで自分のようだと梨々花は勝手に重ねてしまう。
「おい、なにっやってんだ!」
「早く逃げなさい!!」
と声をかけられて気づく、踏切が下がってて自分達しかいなかったこと。キツネは意識はなさそうだ。だが足を抜こうとすると唸る。
「大丈夫、我慢してぇ」
と一気に引き抜き遠くから聞こえる汽笛が近づく前に踏切の外に出た。
「大丈夫か、どっかの野良犬を助けるがために自分の命を捨てる気か」
見ず知らずのスーツよれよれの禿頭に言われても梨々花は反応しない。周りもコソコソしながらキツネを抱いて去っていく。そして電車が通り過ぎる音。
あぁ、自分はこの電車に轢かれていたのかもしれない。でもそれでもよかったけど今はモフモフとしたこの白い尻尾を抱きしめることができるから命を落とさなくてよかったと。
一気に引き抜いたせいで少し出血はしたが消毒をして包帯を巻いてみた。それで良いのだろうか。本当は一緒にお風呂でもと思ったがすやすやと眠っている。優しく濡れタオルで拭いてやった。
このままベッドの上で朝まで抱いて眠ろう。しばらく自分の横に誰もいない状態が寂しかった。ちょうどいいサイズ感、モフモフの尻尾が心地よい。
テーブルの上には書きかけ、まとまってない企画書。キツネが寝ているのであればそのうちに仕上げようとしたが今はもういいかと辞めていた。明日も午後からだし、と。
「可愛いキツネちゃん。どこからやってきたんですか? でもあなたは明日……明日にはいないの。ちゃんと育ててくれる人に愛されて育ってちょうだい」
名残り惜しむかのように抱きしめる。いい匂いがする。このキツネはどこのキツネはどこからきたのだろうか。この匂いはどこかで匂ったことのある香水のようだ。
「人間に飼われていたのだろうか、そんなことあるわけないか。にしてもよく眠ってる」
という梨々花も眠くなってしまった。しばらく眠れなかったのに何故だろう、この眠気は。疲れていても眠れなかったのに、うとうとしながらもモフモフな白い尻尾をなで目を瞑る。
でも目が覚めたらいつもの地獄は続いている。
満員電車に乗って上司に怒られ報告書の書き直し、雑用。周りの友達は結婚ラッシュ。第一次ベビーラッシュ。出会いもなくて田舎から飛び出た彼女には打ち明けらる友達はいない。
できるのならこのキツネと一緒にいたい……。
だなんて口に出せないまま眠りについた梨々花。
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