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様々な病気達
「レシオンちゃーん、飲もうぜぇ!」
「ああもうっ、いい加減にしてくださいよ、アルチューさん…!」
日常の一部と化した甲高い叫び声が辺りに響いている。慣れてしまえばスルーできてしまうそれは、虚しくも空気に溶けていく。流石に反応しないのは非常かと思い、そっと騒がしい方に目を向ける。
「ルチュ姉さん!ほどほどにしてあげてね」
この騒ぎの発端であろう人物…銀色の影に話しかけた。
「はぇー?何がよ」
長い銀髪をかき上げながら、ルチュことアルチューがこちらに顔を向ける。無駄にも整った顔が、無機質なこの空間をより際立たせている。
わざとらしくとぼけるルチュ姉さんに、再度指摘する。無駄なことだとは思っているが。
「それだよ、それ」
「それって何――」
「はぁぁもっ、本当に勘弁してください…!」
ルチュ姉さんに掴まれた腕をジタバタさせながら、ボザボサ黒髪の心の底からの叫びが口から外に放たれる。その叫びの主である彼、レシオンの視線がこちらに向く。助けを求めている。しかし、僕にできることは無い。ルチュ姉さんの怪力に対抗できる力なんて、僕には無い。なので、労いの言葉だけはかけておくことにしよう。
「レシオンいつもお疲れ様〜」
「そう思ってるなら助けてくれませんか!?」
「無理!すまん!」
「ソカさああああああああん」
半泣きのレシオンに同情と罪悪感を感じつつ、再び僕の視線は手元の本に集中する。
「ソカさん…!見捨てないでください!…あ、トアさんでも良いですから〜というか誰でも良いですからこのアル中野郎を引っ剥がしてください!」
「ちょいちょい、誰が野郎ですってぇ?あたしゃ女じゃ!」
不機嫌な顔付きになったルチュ姉さんが、ギチギチとレシオンの腕を掴む力を強める。レシオンはやはり痛いらしく、先程よりもさらに悲痛な声を上げた。
うん。僕にはどうしようもないよね。うん。
憐れむような目線を彼に向けると、レシオンが今度は殺気も孕ませて視線を送ってきた。いや、だから、どうしようもないんだよ。僕じゃなくてルチュ姉さんに殺気向けなさいよ…てかそもそも殺気は駄目じゃない?あ、でも、いつもは真っ暗な瞳に生気が宿っている気がする。相変わらずハイライトは無いけれど、死んではいない。もしかしたら殺気も良いのかもしれない。
そう考えていると、僕の背後からコツコツと足音が二つ並んで聞こえてきた。足音のうち一つが、ルチュ姉さんとレシオンに向かって話しかけた。
「え、え、何この状況。バカウケ」
「ウケないでください助けてください」
「え〜イヤだ〜もっと楽しみたい」
「楽しまないでください」
僕の視界に現れた彼女、ラグが、レシオンの気の毒な状況を面白がるように笑いながら彼らに近づいていく。彼女のライムグリーンのポニーテールが揺れるのに合わせるように、金色の粉が舞う。それはまるでキラキラのエフェクトのようで、見慣れていても見惚れてしまう。
そして、彼女に続くように、もう一つの足音も僕の視界に姿を表した。怠そうに欠伸をしながら、余り髪の毛先をいじっている、そんな彼…リュエンに挨拶をする。
「おはよう、リュエン」
「お〜…はよ、ソカ。トアの調子はどうだ?」
「んー、大丈夫そう。健康に寝てるよ」
「いや、起こせよ」
「やーちょっと面倒でさ…」
「…まぁ、わからなくはないけどよ…」
ちょっとした雑談をリュエンとしていると、レシオンの叫び声がそれを遮ってきた。
「あの!!俺のこと忘れてませんか!!!!」
「…あ、ごめん。すっかり」
「あ~…わりィ」
「ソカさん!リュエン!!」
怒ったぞ!という感情の乗ったレシオンの点呼に応えるように、リュエンと同時に「はい」と言うと、さらに怒りを含ませて文句を大声で叫び始める。
それをさらに面白がって笑うラグと。ヘラヘラ笑いながら、レシオンにちょっかいを出し続けるアルチューと。高みの見物と傍観を決め込む僕とリュエン。そして未だ眠っているトア。
少しばかりうるさいけれど、それが心地良い。
これが、僕ら病気達の騒がしい日常である。
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