3人が本棚に入れています
本棚に追加
己がクローンであることさえ知らされていなかった。
世間から隔絶された秘密の研究所で大切に育てられた意味も、考えたことすらない。
あのラボが、決して表沙汰にはできない社会の闇であったことも。
突然、ヴァイオレットになるように命じられ、ただひとり縋ろうとした大好きな「先生」にも引き止めてもらえなかった。
彼の思惑も、落ち着いた今ならわかる。
他にレティが生き延びる方法はなかった。本体を失くした部品が辿る道の先は、──廃棄でしかない。
「どうかお幸せに」との言葉で送り出されてやってきた『ヴァイオレット』の家。
理由など考える必要はない。
レティは『ヴァイオレット』として生きることだけを求められている。
……それ以外に、レティがこの世に存在する意味はないのだ。
この家でレティと『ヴァイオレット』について知るのは、父と執事とメイド頭のみだった。
他の使用人は、全員レティが来る前に入れ替えられていたからだ。
一人で食事を摂るのは慣れている。
レティが生まれてから過ごしたラボでも、与えられた個室でトレイの上の「大切な身体を健康に保つための栄養」に必要な食物を摂取するのは日課で義務だった。
「何もしなくていい」のもこの家と同じだ。
食事を運ぶのも、着た服を洗濯して新たな着替えを用意するのも部屋を整えるのも、すべて担当研究員の指示によりアンドロイドが行う。
それなのになぜ今更、「一人の食事」について特別な感情が湧くのか。
最初のコメントを投稿しよう!