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 それからひと月、徐々に快復していくマリアを遠くから見つめながらアレンが横に立つトーマスに話しかけた。 「なんだか楽しそうじゃないか。マリア嬢ってあんなふうに笑うんだな」  トーマスがフッと息を吐く。 「常に淑女であることを義務付けられていたからな。しかし、あれでは本当に幼女のようだ」 「実際に中身は幼女なんだろ? それを否定するなと先生にも言われたじゃないか」 「それはそうだが、気持ちが追い付かないよ」  ふとアレンがトーマスの袖を引いた。 「おい、あれ見てみろよ。あそこにも気持ちが追いついてない奴がいるみたいだぜ?」  アレンの視線を辿ると、執務室の窓から芝生にペタンと座り込んで、メイドに花冠を作ってもらっているマリアを眺めるアラバスの姿があった。 「アラバス……」  トーマスが溜息のような声を漏らした。  雰囲気を変えようと、アレンがわざと明るい声を出す。 「そう言えばお前って、マリア嬢にちゃんとお兄様認定してもらえたの?」 「いや……『お兄しゃまのおててが、そんなに大きいわけがないわ。それに髪だって違うもの。マリアが子供だと思って揶揄っているのね!』だとさ」 「ははは……前途多難だな。医者はなんと?」 「信じさせるしかないって。簡単に言ってくれるよ」 「今のお前の立ち位置は?」 「新しく来た従者くらいじゃないか? 毎晩当然のように絵本を読めってせがむんだもの」 「そうか……でも可愛くて仕方がないって顔をしてるぜ?」 「うん、母が亡くなった頃のマリアが戻ってきたみたいだよ」  アレンが顎に手を当てて考えている。 「なあ、三歳児に納得させれば良いんだろ? うん、この手は良いかも……」  トーマスが眉を寄せてアレンを見た。 「何のことだ?」  トーマスの声など耳に入っていないアレンは、一人でブツブツと何やら呟いている。 「周りの協力が必要だな。まあ任せとけっって」  アレンがトーマスの肩をポンと叩いて歩き出した。 「おい! アレン! 待てよ」  二人がアラバスの執務室に入ると、王妃陛下が優雅な手つきでお茶を飲んでいた。 「王国の美しき月にご挨拶申し上げます」  その声には返事をせず、ゆっくりとした所作でカップをソーサーに置いた王妃。 「ご苦労様ね。アレンもトーマスも」  アラバスが困った顔で二人を見た。 「こちらの王妃陛下がマリアの話し相手に立候補なさるそうだ」 「えっ?」  いつもなら毛先程の隙も見せない王妃がニヤッと笑った。 「私はずっと娘が欲しかったのよ。それがむさ苦しくて気難しい男ばかり生まれてしまって寂しかったわ。マリアは今三歳から生きなおしているんでしょう? 今から交流を深めれば、私を母だと思ってくれるんじゃない? まあ、アラバスのお嫁さんになるのだから義理とはいえ娘には違いないし。ねえトーマス、お願いだから私の夢を叶えてちょうだいな」  まるで普通の貴族夫人のような物言いに、トーマスとアレンは固まっている。 「だめ?」  コクンと首を傾げて潤んだ目で見上げてくる王妃。 「あ……いや……あの……」 「母上、その手が通用するのは父上にだけですよ」  アラバスが真面目な顔で母親を諫めている。  息子の言葉にプッと頬を膨らませて横を向く王妃。 「国王陛下には了承していただいたわ。後はあなたとトーマスが頷けばいいだけよ」 「母上……」  息子たちの困惑など気にもせず、王妃はスクッと音もなく立ち上がった。 「じゃあね? そういうことだから。あなた達は安心してお仕事をなさいね?」  王妃が退出したドアを見ながら、三人はほぼ同時に溜息を吐いた。 「何を企んでいるのだろうか……」  アラバスの呟きにトーマスが不安そうな目を向けた。 「企むってどういうことだ?」  肩を竦めながらアラバスが続けた。 「王妃陛下がどのような方かは、お前たちも良く知っているだろう? あの人もマリアと同じなのだ。幼いころから次期王妃として厳しく育てられ、生き馬の目を抜くような社交界を泳いできた人ってことさ。国のためなら俺でも弟でもあっさり切って捨てるだろうし、こいつはダメだと見切りをつけたら、父王でさえ退位させるくらいの気構えを持っている」 「ある意味最強?」  アレンがボソッと言う。 「ああ、間違いなく最強だ」  事務官がドアをノックするまで、三人はボーっとしながらお茶ばかり飲んでいた。
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