極彩色のサボテン

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「勉強に必要ないものを学校に持って来てはいけません。先生に寄越しなさい」  朝の教室で命令する担任の先生に向かって、凛々子は傲然とあごをあげ、いやですと言い放つ。もう一度同じ台詞が繰り返される。勉強に必要ないものを学校に持って来てはいけません。先生に寄越しなさい。  ゲーム機や漫画を持ち込んだ生徒に向かう発言をコピーしてペーストしたようだ。無論マンドリルの面とゲーム機は違う。ただ先生は「そのふざけた面を取りなさい」とは意地でも言わない。こういう表情をして、こういう声で脅した時、彼女は失敗したことがない。  凛々子は小刻みに震えながら面を取って差し出した。前髪が白いひたいに張り付いていて、小さな唇をぎゅっと噛み締めていた。 「来なさい」  先生はその奇妙な面を持って、凛々子を手招いた。そのまま教室を出て行く。途端に教室中がざわめいた。凛々子は「相談室」に連れていかれたのだ、と噂する声は冷やかす調子をはっきりと帯びている。小学二年生は「人の不幸は蜜の味」と幼い言葉で公言して憚らない。  わたしは凛々子の小さな背中の残像をいつまでも教室のドアに見ていた。長い説教に使われる相談室の、窓のない重苦しい空気を脳裏にうかべた。胸の中には黒い煙が充満して痛かった。  凛々子が可哀そう。先生が憎い。クラスメイトが疎ましい。どれでもあるけれど、それだけではない。小学二年生の私の中にそれを表す言葉がある筈もなく、ただひたすらに私はもやもやしていた。
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