生首長者

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「へい、らっしゃい! イキのいい生首だよ!」  碧子はおじさんの声にびっくりしました。ぎゅっとお母さんの手を握ります。  碧子は今日七歳になったばかりの女の子でした。  お母さんは碧子の手を掴んだまま、おじさんのほうへと寄っていきました。桶の中を覗き込みます。 「まあ、ほんと。新鮮でいい生首ねえ」  おじさんは胸を張りました。 「さすが奥さん、お目が高い。今朝、海で獲れたばかりの生首ですよ」 「まあ! 最近海では生首はすっかり獲れなくなったと聞いていたけれど、あるところにはあるのねえ。やっぱり畑で獲れた生首よりイキがいいわ」  お母さんは碧子を見下ろしました。 「どうする? 碧子。欲しい?」  碧子はお母さんに抱き上げられておそるおそる桶の中を覗き込みました。  中に入っている生首は、よくある落ち武者カットの生首でした。まだ十五歳くらいの少年でしょうか。でも今まで見たどの生首よりもとても血色が良かったのです。  碧子はお母さんの目を見つめました。お母さんは微笑みました。  そうして、海獲り落ち武者カット少年の生首は碧子のものになりました。  さっそく碧子は生首の髪の毛を掴んでぶんぶん振りながら道を歩いて行きました。すると、向こうから碧子よりももっと小さい赤ちゃんが乳母車に乗せられてやってくるのが見えました。  碧子は大切な生首をぶつけないように、ぎゅっと胸に抱きかかえました。  乳母車に乗せられた赤ちゃんが碧子の横を通り過ぎようとしたその時です。 「ほぎゃああ! ほぎゃああああ!」  突然生首が泣き始めました。碧子はびっくりです。大慌てでお母さんに生首を持ち上げて見せました。  お母さんは困ったように眉を下げました。 「あらあら。大きそうに見えたけど、この生首はまだ赤ちゃんだったのね。それじゃあかわいそうだわ。仕方ないからこの赤ちゃんにおあげなさい」  碧子はぶんぶんと首を横に振りました。生首を手放したくなかったのです。 「碧子。いい子だからその生首をおあげなさい」  お母さんにそう言われては仕方ありません。しぶしぶ碧子は赤ちゃんに生首をあげました。 「ありがとうございます」  赤ちゃんは生首をもらうと丁寧に碧子たちにお礼を言いました。そして乳母車から出てくると、代わりに自分の首をちょきんとハサミで切り、自分の生首を差し出しました。 「あらあら、いいのよ。義理堅い赤ちゃんねえ」  お母さんは遠慮しましたが、赤ちゃんは生首を持ったまま頑として譲りません。せっかくなのでお母さんはありがたく赤ちゃんの生首をもらうことにしました。 「ほら、碧子。しっかり持っているのよ」  碧子の手に小さな生首が渡されました。落ち武者カットの生首と違い、赤ちゃんの生首は髪が短くて持ち運びがしにくいのです。碧子はがっかりしました。けれどお母さんが生首を紐で結わえて持ち手をつけてくれたので、楽に持てるようになりました。  碧子は嬉しくなって、ぶんぶんと生首を振りながら道を歩いて行きました。  曲がり角を曲がると、どん! と碧子は何かにぶつかりました。  尻餅をついた碧子が見上げると、そこにはまるまる太ったおじさんが生首を持って立っているところでした。 「おやおやごめんね、お嬢ちゃん。お詫びにこれをあげよう」  おじさんは碧子に自分が持っていた生首を差し出しました。その生首は女の人で、髪は時代劇に出てくる町娘のような形に結ってありました。 「まあまあ、こんないいものを」  お母さんは遠慮しました。しかしおじさんは「いやいや、安物ですから」と碧子にくれました。  おじさんが立ち去ったあと、お母さんは言いました。 「これは畑で獲れた生首ね。顔が小顔だから安かったのかもしれないけど、町娘はヴィンテージモノよ。良かったわね、碧子」  お母さんは町娘カットの髪を掴んで碧子に生首を渡しました。この生首は今度こそ十五歳くらいでしょう。碧子は喜んでその生首に手を伸ばしました。碧子の右手は赤ちゃんの生首を持っています。碧子は左手で町娘の生首を持つことにしました。  スーパーの前を通りかかりました。本日は生首の特売日。そう書いてあるのぼり旗が立っていました。 「碧子。どうする? ちょっと見ていく?」  碧子は首を横に振りました。両手が塞がっているのでもう生首を持てません。  けれどお母さんは「特売」の文字に惹かれたようです。碧子の手を引いてスーパーの中に入っていきました。 「大特価! 生首祭り」  そう掲げてあるコーナーに、お母さんは碧子を連れて行きました。  その中のひとつに、碧子より少しお姉さんのカチューシャを付けた生首がありました。お母さんはそれに目をつけました。 「店員さん。この生首をひとつちょうだい」  碧子が止める暇もありませんでした。お母さんはカチューシャお姉さんの生首を受け取ると、代わりに碧子を差し出しました。 「今日はいい日だわ。こんなに素敵な生首がみっつも手に入ったわ」 「本当に。素敵な日ですね」  赤ちゃんの生首は元気に頷きました。見ると、するすると顔から手足が伸びています。その手で町娘の生首の髪とカチューシャお姉さんの生首の髪を掴みました。  がっちりと生首の髪を掴む赤ちゃんを抱えると、お母さんはスーパーを出て行きました。  碧子は店員さんの顔を見上げました。 「おやおや、さっきのカチューシャの女の子より小さくなっちゃったね」  店員さんは困ったような嬉しいような顔をしました。 「でも、小さいのは育てる喜びがあるしね」  店員さんは碧子の手を引いてバックヤードに下がって行きます。そして包丁で碧子の首をぽとんと落としました。  そのあと、碧子は生首培養液に浸けられました。こうすると、生首の鮮度が保たれるのです。  碧子は培養液の中があまり好きではありませんでした。とても退屈だからです。早く売りに出してほしくてたまりません。  三時間ほど経ちました。碧子の首を落とした店員さんがバックヤードにやってきました。 「おやおや、予定より早く育ったようだ」  店員さんは碧子を見て目を丸くします。 「もう売っちゃおうか。どう思う?」  店員さんは碧子の隣の培養液の中に漬かっている生首に声を掛けました。 「ふざけるなよ。こっちを先にしてくれよ」 「そうか。じゃあお前を先に売ろう。もういい年だもんなあ」  店員さんは隣の生首を取り出しました。もう手足が生えかかっています。取り出された生首をよく見ると、ルイ16世のようなおじさんでした。碧子はがっかりしながらルイ16世もどきの生首が店内に連れ出されて行くのを見ていました。  再びバックヤードに店員さんが入ってきました。先程のとは別の店員さんでした。  店員さんは碧子を見て言いました。 「あら、なかなかいいじゃない。あたしが代わってあげよう」  店員さんは包丁を取り出して、自分の首をぽとんと落としました。そして碧子の培養液の中に自分の生首を入れようとしました。碧子は窮屈に感じて眉をひそめました。  生首がぽちゃんと全部培養液に浸かると、碧子は顔の周りがもそもそしてきました。手足が出てきたのです。培養液の入った瓶は余計に窮屈になりました。だから碧子は外に飛び出しました。  店員さんの生首はにっこりと碧子に笑いかけて目を閉じました。こうして見ると、培養液の中もゆっくりできていいものだったかもしれないな、と碧子は思いました。  碧子は店内に出て行きました。碧子の首を落とした店員さんは一瞬首を傾げましたが、そのあとすぐ目を丸くします。 「ありゃりゃ。誰かと思ったら。もう出てきちゃったのか」  困ったようにそう言いつつも、店員さんの目は笑っています。 「もう大きくなったしね」  店員さんは碧子のそばに近づいてきました。碧子は先程バックヤードで手に入れた包丁で、さくっと店員さんの首を落としました。その時です。 「おお、きれいなお姉さん。その獲れたて生首をわしにくれんかね。金は弾むよ」  さすがスーパーです。店員さんの生首はあっという間に裕福そうなおじいさんの懐に抱えられ、そして店の外に連れ出されました。店内で獲れた養殖の生首は、好事家の間で人気が高いことを碧子は知っていました。  碧子はおじいさんから受け取ったお金をスーパーの金庫にしまうと、店の外へ出ました。  川の側を歩いていると、土左衛門が上がっていました。  碧子はもったいない気持ちになって、試しにスーパーから持ってきた包丁で首を落としてみました。  するとどうでしょう、土左衛門は生き生きとした生首に蘇っていったのです。  碧子は土左衛門の体を川に投げ捨てて、生首を手に取りました。二十歳くらいの男の人の生首でした。振り乱した髪が討ち死にした鎌倉武士のような凜々しさを漂わせていました。  碧子はその男の人の生首がとても気に入りました。そうして、碧子はその男の人の生首と結婚しました。  めでたく結ばれたので、碧子は三十歳くらいの男の人になりました。男の人の生首は、元気な笑顔を見せてまた川の中へと戻って行きました。  碧子はまた歩き始めました。すると今度は裏山の麓でおばあさんが難儀そうに腰を下ろしていました。 「あらあら、これはありがたい。若い男の人だ。神さまの思し召しだ」  おばあさんは風呂敷包みの中から林檎の皮むきナイフを取り出すと、自分の首をぽとんと碧子の前に落としました。  碧子は少しめんどくさい気持ちになりましたが、こうまでされては仕方ありません。おばあさんの生首の髪を掴んで一緒に連れて行きました。裏山は小さいので、山頂まではすぐです。少しの辛抱でした。  しばらく歩いていると、碧子は産気づきました。きっと鎌倉武士の男の人の生首との間の子供でしょう。  ちょうどおばあさんの生首を手に入れたので、碧子は四十歳くらいの女の人になっていました。  頑張ってもう少し歩いて無事裏山の頂上まで着きました。おばあさんの生首は碧子に感謝したようでした。お礼を言うようにぽーんと飛び跳ねて、そのままころころと麓まで転がり落ちていきました。碧子は腰を下ろしました。  碧子の頭から、無事に子供が生まれました。 「おぎゃあ、ほぎゃあ」  元気よく泣くその姿を見ると、それはそれは元気な七歳ほどの少年でした。顔は今朝の碧子の顔にそっくりです。碧子はこの少年に碧男と名付けました。  碧男の手を引いてさらに歩くと、だんだんと碧子のおうちが見えてきました。  しかし碧子は近くの鮮魚店に寄り道をしました。イキのいい生首があったら、ひとつ欲しいと思ったのです。 「へい、らっしゃい! 十年前に海で獲れた生首の干物だよ」  碧子はがっかりしました。干物に興味はありません。干物の生首は元気になるまでに一年くらいかかるのです。育てるのが趣味の人には人気があるようですが、碧子はじっくり育てるよりも交換して育てるほうが好きなのです。今度は近くのマタギの店に行きます。 「へい、らっしゃい! 今獲ってきたばかりの新鮮な生首だよ。激しく逃げ回る首だったから大変だったぜ」  碧子は一目見てその生首が気に入りました。その生首は、三歳ほどの女の子でした。  碧子が碧男の顔を見ると、碧男は目を輝かせました。碧子はこの生首を買ってあげることにしました。碧男が落とさないようにしっかりと手にその生首を渡してあげると、碧男は赤ちゃんになりました。どうやら女の赤ちゃんになったようです。  碧子はそれで満足して、やっと家に帰りました。女の子の生首のおかげで、碧子の体は少し若返ったようです。  家の中ではお母さんがちょうど自分の首をカッターで落とそうとしていたところでした。 「あら碧子。おかえりなさい。大きくなったわねえ! ちょうど良かったわ、手伝ってちょうだい」  碧子はお母さんの首を培養液に浸けました。血は争えません。お母さんも培養液の中は苦手なようです。でも、明日までの辛抱です。  明日は碧男の生首を培養液の中に入れるつもりです。とても楽しみです。  そしてお母さんになった碧子は、手足が出てきたお母さんの手を引いて、一緒にお買い物に行くのです。 終わり
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