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エピローグ
――クレールが牢獄から塔の頂上の一室に移されたところで、ソフィアのすることは変わらない。「薬」が入った食事を、彼に届けるだけだ。
ソフィアはパンとジャムが乗った銀の皿を片手に持ちながら、クレールのいる一室をノックして、「失礼します」と言った。返事はない。ソフィアはドアノブを捻り、扉を開ける。
「……あっはははははっ!あぁ可笑しい、あっはははっははっ――――」
クレールはカーペットの敷かれた床に転がりながら、いつもと同じように、窒息死してしまうのではないかと心配になる程の姦しい笑い声をあげている。
「……クレール。これ、ここに置いておくから」
ソフィアは目を伏せながら、皿を床に置いた。そこに乗っているジャムの中に、服用した者に多幸感を与える薬が入っているということは、ソフィアしか知らない。
ソフィアはクレールが捕まった後、川に身投げし自殺した振りをして隣国から逃げ出し、顔を焼いて火傷の痕を作り、名前も変え、別人のような姿になった。
全てはクレールの様子を見に行く為だった。ソフィアは混乱真っ只中の城にメイドとして入り、クレールの世話係になれるよう策を尽くした。
ソフィアはクレールが好きだった。出会った頃は何の感情も抱けなかったのに、いつの間にかソフィアはクレールのことが大好きになっていた。
一時とはいえ自分に散々贅沢させてくれたからなどという、そんな俗な理由からではない。ソフィアはクレールに、まるで画家が自分と同じ生みの苦しみに悶える音楽家に心底共感するような、純粋な親近感を覚えていたのだ。
しかしそんなソフィアが苦労の果てに見たものは、狭く暗い牢獄の中で泣き叫ぶクレールと、それを嘲る衛兵達の姿だった。
マグマが噴出するようなクレールの叫び声と、衛兵達の冷たい嘲笑が響き渡る牢獄に突っ立ちながら、ソフィアは呆然とした。太っちょのメイド長に蹴飛ばされなければ、ソフィアは我に返ることなど永劫に出来なかったかもしれない。
これはクレールにとって、この国にとって、当然の結末。同情には値しない。正しいのは衛兵達で、間違っているのはクレール。それくらい、ソフィアでも分かっていた。
しかし、ソフィアはクレールを助けたいと、心の底から願ってしまった。
それで思いついたのが、裏社会でアルコールの代わりとして流行っている、飲んだ者に異様なまでの快感と多幸感を与える薬を、クレールの食事にこっそり忍ばせることだった。
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