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クレールの気が狂ったような笑い声が響く一室で、ソフィアは暫く俯いていた。
ソフィアはただ、クレールに幸せになってほしかった。
父親にも裏社会の浮浪者にも国王にも道具扱いされて育ったソフィアには、国中から兄の代替品としか見られなかったクレールの気持ちが、いやという程分かってしまった。そんな風にして育ってしまった人間は、いつか周りにいる人を人間扱いしなくなってしまうということも、ソフィアはよく知っていた。
ソフィアはクレールに出会って初めて、感情というものを学んだ。しかし幸せというものが何なのか、クレールはソフィアに教えることは終ぞ叶わなかった。
だからソフィアはクレールの言うことに従い、彼と一緒に破滅するしか他になかった。
ソフィアはクレールが震える手をパンとジャムに伸ばすのを見届けてから、部屋から出た。
自分がクレールに感じる「好き」は偽物だ。自分が本当にクレールのことを愛しているなら、薬による偽物の幸福を与えることはしない筈だ。
もし誰かを心の底から好きでいるならば、その人に辛い現実を直視させ、その荒野に咲く一輪の幸せに気付かせなければならない。それこそが、誰かを人間扱いするということだ。
それでも、ソフィアはクレールが惨めさに震えながら泣き叫ぶ姿を見てはいられなかった。
偽りでも良いから、彼には幸せになってほしかった。
ソフィアは自分の愚かさに唇を噛み、瞳に涙を溢れんばかりに溜めながら、塔の階段を降って行った。
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