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1. その声を聞いたとき
南波恭平は、そのとき全身に電流が駆け巡ったかのような衝撃を受けた。
「河瀬響です。ギターを弾いています。軽音部があるからこの高校を選びました。えーっと……よろしくお願いします」
その声を聞いたときである。
教室の中央あたりの席に座っていたため、窓際の最後尾の方を見るには振り向かなければならなかった。
なるべく他人と関わりたくない、必要最低限のこと以外は会話もしたくない恭平にとっては珍しいことだったが、そうせざるを得なかった。
聞いた瞬間に魅了されたその声の持ち主を確認したかったからだ。一声で惚れた。もう二度とこんな理想的な声には出会えないだろうと、かすかに震えたほどだった。
高校生男子は身だしなみに気を使う者と、全く無沈着な者に二分する。
恭平は前者で、その理由も目立ちたくないからというものだった。高一にして180cmに届く長身と、美人だともてはやされていた母そっくりの整った顔立ちを隠すために、厚い前髪で目元を覆い隠し、なるべく背を丸め、生徒の波に溶け込むようにしていた。
身だしなみに気を使わないというのも悪目立ちをすると考えて、気を使っているとは思われないギリギリのナチュラルさを演出している。
対して響は後者だった。髪は起きたままといった様子で寝癖がついているし、シャツも着崩したとは言えない形によれている。
次の人の自己紹介が始まった途端に、響は興味がなさそうに窓の外を向いた。
その表情を見て恭平はハッとした。
小柄な身体と中性的な顔立ちにはそぐわない凛々しい眉と、その下に覗くクリクリとした大きな目。それがふと憂いたように細められ口元をへの字に曲げた、その表情が昔から好きだった古いフランスの俳優に似ていた。
声にしびれ表情に見惚れた瞬間から響は特別な存在になった。
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