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「それでも劇場で鳴かず飛ばずだったときに比べたら大出世だろ。だからさ」ディレクターはそこで一度、言葉を区切った。それから俺に優しさのこもった瞳を向ける。「そろそろ巣立つときなんじゃないかな」
まるで大事にしていた愛車を手放す時のような視線に耐えられず、俺はディレクターから視線を逸らす。俺はまだまだディレクターと一緒の道を走っていたい。
劇場で売れないお笑い芸人をしていた俺をテレビに出れるまで育ててくれたのはこの人なのだ。ラジオのことなど右も左もわからない俺にとって毎週木曜深夜の生放送は地獄以外の何ものでもなかった。だが、天から垂らされた蜘蛛の糸を簡単に離すほどヤワでもない。振り落とされないように必死にしがみついた。おかげで話術をはじめ状況判断能力や機転は相当鍛えられたと思う。ここで培った能力のおかげで、今もテレビで機転を利かしたリアクションが取れている。芸能界の育ての親ともいえるディレクターには感謝してもしきれない。
だからこそ、ディレクターの言うことには納得ができない。それにシビアな話、仕事が減るのは懐的に結構痛い。
「打ち切りの理由はなんですか。俺、何もやらかしてないっすよ」
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