6.疑惑

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6.疑惑

 6.疑惑  時刻は二十時三十分。  須田林太郎と高円寺神奈の二人と別れた伊勢間光義は家に帰宅し自分の部屋につくと、今日も一日が終わったとばかりにざっくばらんに寛ぐ。  自作で作った神棚の上には祖父の五助爺さんから譲り受けた天津神こと暁の神アマテル様が祀られており、その神々しい晴れやかな姿を光義に見せつける。  だがそのご神体となる形代は精密精工にできた五助爺さん作の美少女フィギュアであり、煌びやかな巫女服に長い綺麗な黒髪、そして色白の美人顔が造形のレベルの高さを際立たせる。そんなご神体の優美さを少し離れた下から見た光義は独り言のように話しかける。 「あの時、九尺様と対峙をした時、九尺様は俺に触れることなくいきなり距離を取ったけど、あれはアマテル様が俺を陰ながらに守ってくれたという事でいいのかな。もしそうならありがとうな」  だがその感謝の言葉にアマテル様は当然なんの反応も示さない。見た感じはただのフィギュアなので当然なのだが、光義は続けて話をする。 「目の前に怪異がハッキリと姿を現しているのに、まだ俺の前にその姿を現さないと言う事は、九尺様を倒せる条件を俺たちはまだ見つけ出せてはいないと言う事だ。その謎となる九尺様の正体を暴かない限り、おそらくアマテル様は九尺様に触れる事もできないのかも知れない。いやでも仮にも神様なんだから間合いに入った妖怪くらいはその神パワーで倒してくれてもいいはずなんだが、現実はそう上手くはいかないという事か。なんとも面倒くさい話だ。だがあの公園に行ったお陰で思わぬ進展はあった。その答えは、今日の夕方、例の公園で会ったあの盲目少年が何らかの鍵になるかも知れない。そうだろ、アマテル様」  光義は何らかのリアクションを強く求めると、その思いに応えるかのようにアマテル様は部屋中にラップ音を鳴らし返事を返す。  ダン・ダン・ゴトン! 「分かりやすく怪奇現象を起こして返事をしてくれるのはいいが、姿は見えないし、会話も交わせないのは怪異に立ち向かうパートナーとしてはかなり致命的だ。霊力の高い神奈さんは見えるらしいし、須田部長も例の呪われた射影機を使えば霊体を見ることができるから複雑な気分だよ」  会話ができない事に不甲斐なさを感じる光義の思いに、今度は照明の点滅で存在をアピールする。  パチパチーーパチパチパチ! 「部屋の照明を点滅させるのはやめてくれ。びっくりするし、急な光と暗闇は目に悪いから。そんな事よりだ、アマテル様、俺になにか謝る事はないか。物を返してくれたら、今なら許してやるぞ」  意味ありげに辛辣な顔をする光義の言葉に、今まで激しく鳴っていた怪奇音がピタリと止まる。  ……。 「押し入れの中に隠し持っているグラビアアイドルのヌード写真集が全て無くなっているんだが、神様、まさかとは思うが、俺に黙って全て捨てたんじゃないだろうな。妹の紀保子の証言によれば、今日の朝頃、俺が高校に登校する前に、俺自らが段ボールを持って、ゴミ捨て場に直交するのを見たらしいんだが、俺にその記憶は全くない。と言う事は、思春期を迎えた健全な男性として隠し持つ俺のいかがわしいコレクションの数々を人知れず処分している輩がいると言う事だ。違うか、アマテル様!」  光義の強い言葉に動揺しているのか、タンスの上に置かれている本が全て落ちる。  ガタガタガタガタ、バッタン! 「図星か、俺の精神を操って、長年集めた俺の大事な(人には絶対に言えない)コレクションの数々を俺自身の手で捨てさせたんだな。ちくしょう、ふざけた事をしやがって、一体集めるのにいくらかかったと思ってるんだ。俺の恥辱ともいうべき私生活に首を突っ込むんじゃねえ。そこは空気を読んで黙って見て見ぬふりをするのが普通だろ!」  流石に恥ずかしいのか顔を真っ赤にし抗議する光義だったが、徐にカバンを開けると中から一冊のグラビアアイドル本を取り出す。  おそらく帰りに近くの本屋で購入したと思われる新品のグラビアアイドル写真集をこれ見よがしに机の上に置いた光義は挑発めいた口調で神棚に向けて言う。 「これからグラビアアイドルのヌード写真集を見るけど別に問題ないよな。ここは俺の部屋だし、人の常識の外にいる神様に邪魔されるいわれはないと言う事だ。という訳で俺は堂々と見るからな!」  長年密かに集めていたグラビアアイドル写真集を(自らの手で)一気に捨てられた事で頭に来ていた光義は嫌がらせの意味もかねてアマテル様の前で写真集を堂々と見るが、その直後写真集の上に、横に置かれていたマグカップが勝手に倒れる。  バッシャ! 「あぁぁぁ吞みかけのコーヒーがぁ、グラビアアイドル本にぃぃ!」  思わぬ不運に絶叫したタイミングで今度は充電中のスマートフォンがけたたましくなる。どうやら誰かから着信があったようだ。  電話番号を確認後恐る恐る電話に出てみると、声の主は高円寺神奈だった。 「もしもし、神奈さんか、一体どうしたんだ?」  高円寺は大きく溜息をつくと何やら恥ずかしそうに言葉をかける。 「もしもし、光義くん、あなたが自分の部屋で何をしようと勝手だけど、私に迷惑を掛けるのはやめて貰えないかしら。あなたの神様が私の所に念波を送りつけてきて、愚痴を言ってくるんですけど」 「え、愚痴?」 「話では、勉強もせずに、いかがわしい本ばかりを見てニヤニヤしているから注意をしてくれと言ってきたんだけど、本当にそんな事をしているの?」 「そ、そんな事、俺がしている訳ないじゃないか。家の神様がご迷惑をお掛けしてすいません。失礼しました!」  神奈の言葉に心底青ざめた光義は半ば逃げるように電話を切ると、神棚に飾られている美少女フィギュア・アマテル様を無造作に掴み上げる。 「ちくしょう、俺に恥をかかせやがって、なんて事しやがるんだ。捨ててやる、俺の意識を奪い勝手な事をする、この忌まわしきフィギュアを捨ててやる。本気だからな!」  あまりの恥ずかしさに逆上した光義は部屋の窓を開け、勢いのままフィギュアを二階から外へと投げるが、気がつくと投げたのは買ったばかりのグラビアアイドルの写真集の方で、当のアマテル様は持ち出された様子もなく、神棚の中に神々しく鎮座する。 「馬鹿な、いつの間に俺はアマテル様を手に持ったと錯覚していたんだ。実際に手に持ったのはご神体ではなく、買って来たばかりのグラビアアイドルの写真集の方だったか」  そこまで話しハッとした光義は急いで窓に駆け寄り外を見ると、丁度家の前を通り過ぎようとしていた帰宅中の女性が道路に落ちているグラビアアイドル写真集を何気に拾い上げる。 「なにこの本、なんか上の方から降って来たんだけど、これってグラビアアイドルのヌード写真集のようね。一体誰が……あ!」 「あっ!」  道路を歩いていた女性と家の二階で外に落したグラビアアイドルの写真集を眺めていた光義と目がバッチリ合う。 「あぁぁぁ……違う、これは違うんだ」 「へ……変態」  軽蔑した目で小さく呟くとその女性は、逃げるようにその場を後にする。 「通りすがりの女性に、変態と言われてしまった。ただグラビアアイドルの写真集を持っていただけなのに。こんな事になったのも、俺に健全な私生活を強要する奴のせいだ」  怒り気味に呟く光義の視線の先には机の上に置いてある一枚の紙切れが目に映る。おそらくは無意識のうちに自分で書いたと思われるその文字を見た時、光義の怒りは頂点に達する。 「くそおぉぉ、何が色欲に溺れる事無く、健全に勉強しろだ。ふざけんな、このくそ神があぁぁ!」  恥を欠かされたと感じ大声を出すが、いきなり部屋の中に入ってきた妹の紀保子に思いっきり腹部に蹴りを入れられる。 「うるさい、馬鹿兄貴、大騒ぎして近所迷惑でしょ!」  ドカバキ、バッコン! 「ぐっわあぁ!」  蹴りを入れられた事で思わず倒れる光義。 「やかましくて勉強できないでしょ。それと道路にいかがわしい本を投げ捨ててんじゃないわよ、恥ずかしい。今すぐ拾いに行ってよね、この変態!」 「す、すいませんでした。ぅぅ」  腹部を押さえうずくまる光義に対し妹の紀保子は辛辣な言葉を送ると、ズカズカと自分の部屋へと戻っていく。
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