7人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章 『首切り坊主編』 1.都市伝説
第一章 首切り坊主編。
1.都市伝説
「ハア、ハア、ハア、有り得ない、なんだ、あの化け物は。あんなのが本当にこの世にいるだなんて、絶対に信じられない。殺される、このままでは絶対に殺される。残された他の人達の事も心配だが、何とかしてこの場から脱出して、助けを呼びに行かないと――」
時刻は深夜の二時三十分。
今は誰も管理してはいない荒れ果てた廃寺の境内を思いっきり走ってきた不安顔の少年は大量に汗を搔き、息苦しさと未知なる恐怖とでパニック状態となる。
予想だにしないあまりの出来事に体を小刻みに震わせる学生らしき少年の名は伊勢間光義、この地域にある学び舎に通う高校一年生の男子生徒だ。その伊勢間光義がなぜ、深夜二時に、この寂れた廃寺に来ているのか、それを語るには頭の中で事情を一度整理しなければならないが、今はとてもじゃないがそんな余裕のない伊勢間光義は確実に追いかけて来ている謎の追跡者の接近に最大限の注意を払う。
「ハア、ハア、ハア、ハア……。」
だがしばらく待っても追跡者の姿が見えない事に、もしかしたら上手く巻くことが出来たと思った光義は、まるで恐怖を誤魔化すかのように今現在置かれている自分の状況を呟く。
「なぜこんな事に、追いつかれたら、気づかれたら、おしまいだ。もしも見つかったら俺もあの隣りのクラスの学生たちのように鎌で首を切られて殺されてしまう。くそ、こんな事になるなら肝試しになんか参加するんじゃなかった。それにしてもあの鎌を持った薄気味の悪い坊主は一体何者なんだ。見た感じ体は透けていたし、物理的な攻撃は一切効かない所を見ると、間違いなく生きた人間じゃない。ということは、あれがやはり幽霊か妖怪の類の物なのか? いずれにしても、あんな者が本当にいるだなんて、流石に有り得ないだろ。この境内から出たら、まずは直ぐに警察に連絡しないとな。電波が悪いのか、なぜか境内の中ではスマホは使えなかったが、この山を降りたら流石に繋がるはずだ!」
回りを気にしながらも独り言を言い終えた伊勢間光義は息を整えるとその場から走りだそうとするが、次の瞬間立ったまま身体が硬直し、その場で金縛りにかかる。
(金縛りだとう、くそぉぉぉ一体どうなっている。体が、体が全く動かねえ!)
いきなり訪れた逃げ場のない状況に伊勢間光義は多いに焦る。
「まさか、これは奴の仕業か? 来る、来てしまう。鎌を携え、怨霊と化した、首切り坊主が!」
光義が叫んだのと同時に、境内の方からかすれた声で、老人が歌う民謡のような歌詞が徐々に聞こえて来る。
『嘆きの夜に歩ければ、首切り坊主がやって来る。恨みを込めて願わくば、首切り坊主が鎌を出す。恐怖と不安にかられれば、首切り坊主に悟られる。姿を隠し逃げれども、首切り坊主は追ってくる。何処へ逃げども歩み寄り、呪いの成就に乱舞する。首切り坊主がやって来る。幾度も幾度も現れて、その首よこせとやって来る。命をよこせとやって来る!』
「なんだ、この不気味な歌は……やはり首切り坊主の都市伝説は、本当だったという事か!」
動かない体に反発するかのようにその場から急ぎ逃げようともがく伊勢間光義だったが、謎の老人の歌声は地面を踏みつける足音と共に次第に大きくなり、ついにその姿を現す。
その姿は、薄汚れたボロボロの袈裟を纏い、右手には鋭く光る鎌を持ち、左手には(何かが入っているのか)大きな布袋を背負いユラユラと歩いてくる。
闇夜に浮かび上がる現実味のないその体からは不気味な光を放ち、生気のない半透明な姿を嫌でも認識させる。
近づいて来る度に感じる、坊主から漂う悪意と殺意は嫌でも生ある者へと伝わり、邪悪に染まるにやけた顔を見てしまった伊勢間光義の恐怖を更に増大させる。
(逃げなきゃ、早くここから立ち去らなきゃ、あの坊主に首を刈られてしまう!)
あまりの恐怖にパニック状態になりながらもどうにか金縛り状態から脱した伊勢間光義は直ぐにその場から逃げ出そうとするが、振り返った瞬間(まるで瞬間移動でもしたかのように)遠くにいたはずの首切り坊主は、眼前にいる少年の行動を直ぐさま遮る。
「ひぃぃぃぃ、バ、バカな、いつの間にか目の前に現れやがった!」
有り得ない出来事に腰を抜かす伊勢間光義に対し、首切り坊主は悪意ある笑みを浮かべながら囁く。
「首が要らぬ者は誰だ、首が要らぬ者はお前か。首を落とせし者は誰だ、首を差し出す者はお前か?」
(逃げなきゃぁぁ、早くここから立ち去らなきゃ、殺される!)
必死に逃げようと思いながらも足を動かそうとする伊勢間光義だったが、恐怖で気持ちが空回りしているのか足が縺れその場に倒れてしまう。
力なく地面に尻もちをつく伊勢間光義の情けない醜態に首切り坊主はせせら笑うと、左手に持つ布袋の中からある物を無造作に取り出す。
「カァカァカァカァカァカァァ行幸行幸ーー良きかな、良きかな!」
布袋から取り出したその物体は、伊勢間光義にとって思わず目をそむけたくなるような衝撃的な物だ。
「そんな、馬鹿な。信じたくはない、信じたくはないが、やはり、こうなっていたか。浩一、加也子、元太……」
恐怖と助けられなかった罪悪感とで思わず叫んでしまった伊勢間光義はその信じられない恐ろしい光景をマジマジと見る。首切り坊主が持つ左手には、無造作に髪の毛をつかまれてぶら下がる三人の男女の生首が力なく揺らめく。
恐怖と絶望の中で首を切断されたのか三人の顔はどれも皆目を見開き、大口を開けながらも死後硬直している恐怖に歪む顔は、涙の跡が見え、その表情からは首を切られる恐怖が嫌でも垣間見られる。
その恐怖に歪む生首の表情から三人の死を確認した伊勢間光義は再び逃げ出そうと起き上がるが、その動きに合わせるかのように三人の生首を離した首切り坊主の左手が、力強く伊勢間光義の首を締め上げる。
「グググ、くそぉぉ、こんなに瘦せこけているのに、なんて力だ。片腕一本で俺の首を締め上げて来る。し、しかも不思議な事に俺は首切り坊主の体に触れることができない。まるで架空を掻いているかのようだ。だから事実上抵抗し抗う事ができない。この有り得ない状況ーー一体どうすればいいんだ。このままじゃ俺もみんなのように殺されてしまう。誰か、誰か、誰でもいいから助けてくれ!」
「首ーー首ーーお前の首をよこせ。お前の首を切らせろ!」
「俺が一体何をしたと言うんだ。お前は一体何者なんだ。幽霊なのか? なんでこんなことをするんだ!」
「首ーー首をよこせ。諦めろ。この場にいたことがお前の運命だったのだ。死を受け入れろ!」
「ゲホゲホッ、狂ってる。ゲホゲホ、この手を離せ、この化け物め!」
首切り坊主に力強く首を締め上げられた伊勢間光義は余りの息苦しさに苦しみ藻搔くが、次第に意識が薄れていくのを感じる。そんな伊勢間光義の耳に死んだはずの仲間たちの声が聞こえて来る。
その声は地面に無造作に転がる三つの生首から発せられる言葉だった。
ただの肉の塊と化した生気のない三つの生首は不気味に目を見開くと、伊勢間光義に向けて大きな声で囁く。
「おい、なぜ俺たちを見捨てて、一人で逃げ出したんだ。有り得ないだろ。少しでもその事に責任を感じているんなら、お前もこっちに来い。一緒にこの痛みを分かち合おうぜ!」
「そうだぞ、お前も一緒に死ぬべきだ。こちら側に来い、伊勢間。一緒にあの世に行こうぜ!」
「寂しいよ、痛いよ、苦しいよ、怖いよ。伊勢間君も……もう首切り坊主の呪いからは逃げられないんだよ。だから潔く諦めて、その命も……首も……闇に捧げようよ。その恐怖が、悲しみが、絶望が、諦めが……邪神様の贄になるのだから」
(首切り坊主の呪い……邪神様の贄……一体なにを言っているんだ。ていうか死体が話す訳がないよな。もう意識が朦朧だから、幻覚を見ているのか? ハア~、こんな事なら、あいつらの誘いに乗って、疑惑のある廃寺で肝試しなんかに参加するんじゃなかった。だけど一体なぜこんな事になってしまったんだ。この一晩でいきなりこんな正体不明の化け物に襲われて、しかもこんな町中にある、廃寺が鎮座する裏山で、まさか命を取られるだなんて、まず考えられない現象だろ。流石についてないにも程があるだろ!)
「ガガーーグググゥゥーー」
「なんだ、おぬし、汗をかいているのか。嫌じゃ嫌じゃ、汗は塩の香りがするからのう」
(汗……塩の臭い……一体何を言っているんだ……こいつは?)
薄れていく意識の中で激しく後悔をする伊勢間光義はこれから訪れる自分の運命を静かに嘆くが、後の祭りとばかりに首切り坊主が右手に持つ片手鎌を相手の首元に目掛けて一閃する。
「カァカァカァ、その首を刈らせよ、刈らせよ!」
バッサリ!
その瞬間、真っ赤な血しぶきと共に首元を切られる感覚を覚えた伊勢間光義は意識が朦朧としていたせいか特に痛みはなかったが、切られた首が焼けるように熱いと感じる。
(あ、俺、死んだわ……)
数秒後、視界が地面に落ちる感覚へと変わった伊勢間光義は消えゆく意識の中で、悪意ある首切り坊主の不気味な言葉を聞く。
「呪いは完成した。近いうちに他の者達共々、その魂を貰いに行く」と。
最初のコメントを投稿しよう!