11.狂気の家

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11.狂気の家

 11.狂気の家  まだ朝の八時十五分だと言うのに加也子の家はなぜか暗くどんよりとしている。  二人の心が既に重いせいかは知らないが周囲に恐怖を感じ、玄関に備え付けてあるチャイムを鳴らすのも何となくためらわせる。  そんな無意識から来る警告を無視するかのように加也子の身を案じる光義は、覚悟を決めると家のチャイムを押す。  ピンポォーーン、ピンポォーーン! 「すいません、伊勢間と高円寺ですけど、加也子さんはご在宅でしょうか!」  数度に渡り、呼び鈴を押し声を掛ける光義だったが、家の中からは特になんの反応もない事に少しだけ安堵の気持ちになる。 「どうやら家には誰もいないようだな。家族そろってどこかに出かけてるのかな?」 「と言う事は、加也子さんはまだ無事と言う事なのかしら?」 「浩一の話だと、昨日、加也子さんはあまりのショックから急遽病院に行ったらしいし、その後は家に帰って大人しく家で寝ているとも聞いている。加也子の家族は確か、ご両親を入れた三人家族だから、両親共々朝早くに家を出て病院にでも行ったのかも知れない。病院での、順番待ちの受付は朝が早いからな」  不安を打ち消すかのように楽観的な事を口にした光義だったが、そんな光義の願いを打ち消すかのように高円寺神奈はドアノブに手をかけると家のドアを開ける。  ガッチャリ! 「あ、開いた。どうやら家に鍵はかかっていないようね。今のご時世、鍵をかけずに家を出るかしら。本当に留守なのかな、ちょっと調べて行きましょう?」 「いや、勝手に家の中に入るのは、さすがに不味いって。ちょっと神奈さん、待ってよ!」  何を思ったか勝手に不法侵入をする高円寺神奈に、伊勢間光義は気が進まないながらも後ろをついていく。  家が古いのか歩く度に木造で出来た廊下はギシギシと音が鳴り、人の動く気配がない静寂がより不気味さを引きただせる。台所の横を通り客間を通り抜けた二人は、仏壇がある奥の間の部屋で歩みをピタリと止める。 (そんな……加也子……さん)  緊張しながら見つめる二人の先には、折り重なって倒れている中年の男女の腹部に座り惚けている、包丁を持った加也子の姿があった。  操られているのか加也子はいきなり現れた侵入者に濁った白い目を向けると、手に持つ包丁を振り上げ二人に襲い掛かる。 「ケッケッケッ、ヒッヒッヒッ、死ねよ、死ぬべき、死んでぇぇぇ!」 「うっわああぁぁぁ、包丁を持って加也子さんが襲い掛かって来たぁぁぁ!」 「行っては駄目、加也子さんは恐らく呪いで操られている。急いで玄関まで逃げるのよ。早くしなさい!」  機転を利かせた高円寺神奈は足元に落ちていた雑誌を迫りくる加也子の顔に投げつける。その雑誌が顔に命中した事で体勢を崩した加也子はそのまま床へと倒れる。  ドサリ!  同時に高円寺神奈に体を引っ張られた伊勢間光義は、スイッチが入ったかのように玄関入口に向けて走り出す。 「うっわああぁぁ、なんだ、なんだ、あれは、一体なにが起こっている。あの畳部屋で折り重なって倒れていたのは恐らくは加也子さんのご両親だ。加也子さんはご両親に一体なにをしたんだ!」  独り言を言いながらも急いで玄関のドアを閉める光義に対し、高円寺神奈は自分が見て感じた見解を述べる。 「畳部屋が暗くて良く見えなかったけど、恐らくご両親は死んでいるわ。加也子さんがいたご両親の周りは血の海だったから。恐らくは正気を失った加也子さんに殺されたのでしょう」 「殺された……これも首切り坊主の仕業だというのか。元太や浩一の時もそうだが、首切り坊主は呪った相手の意識を奪えるのか!」 「恐らくはそうなのでしょうね。でも恐らくその意識を奪う呪いには条件がある」 「条件だとう?」 「考えても見て下さい、同じく呪いを受けているあなたはまだ無事でしょ、それって可笑しくないですか」 「た、確かに……」 「この呪いは、首切り坊主に首を切られた者にしか発動しないのよ。だから既に首を切られている元太くんや浩一くん、そして加也子さんの意識と体を操る事ができた。でもあなたはお札を持っていたりお祓いを受けていたりしていたでしょ」 「そうか、だから俺に呪いのマーキングを付けたにも関わらず、操る事ができないのか」 「そういう事です。そしてあなたには幸運にも、あのアマテル様が憑いている」 「アマテル様……か。正直、あのアマテル様って役に立つのかな?」  答えを求めるかのように話をする光義と神奈は必死に玄関のドアを押さえる。その瞬間ドアの内側からドアを開けようとする大きな力がぶつかり、包丁でドアを引っ搔く音と蹴りを入れる音が大きく響く。  ガンガン、ガリガリ、ダンダン! 「開けろぉぉぉ! ここを開けろぉぉ! 光義くぅぅぅん、神奈さぁぁぁん、一緒に死んでよぉぉ!」 「やめろ、加也子さん、正気に戻ってくれ。そして包丁を捨てるんだ!」 「無駄よ、今の加也子さんには何を言っても届かないわ!」 「ケケケ、何を言ってるの、私は正気よ。いいからここを開けて。そして家の両親や、元太や浩一と同じところに一緒に行きましょう」  かすれた声で不気味に声を掛ける加也子の狂気じみた言動に言い知れぬ恐怖を感じた光義と神奈の二人は、絶対に外には出さないとばかりに必死にドアを押し返す。 「うっわああぁぁ、押し返して来る。押さえろ、絶対に加也子さんを外には出すな!」 「ええ、分かっているわ!」 「ヒヒヒヒ、開けろぉぉぉ……首を切らせろぉぉぉ!」  互いに攻防をする加也子バーサス光義と神奈の力比べだったが、諦めたのか、ゆっくりとした足取りで家の奥へと歩き出す。 (あれ、加也子さんがドアから離れたぞ?)  床を踏む音が遠ざかっていくのを耳で確認した二人は充分に注意を払うと、ゆっくりと玄関のドアを開ける。 「あ、開けるぞ」 「はい……いつでもどうぞ」  ギシギシ……ギィィィィ!  開閉するドアの部品が錆付いているのか徐々に開ける度に耳障りな音が響く。  先ほどのような襲撃を防ぐ為に玄関先に置いてある傘やバットを互いに手に持つと光義と神奈は、奥に移動したと思われる加也子の後を追う。
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