19.対決

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19.対決

 19.対決 「ぐっわあぁぁぁ!」    前にかざしたお札を盾に一気に走り抜けようとした光義だったが、肉体を持たないはずの首切り坊主の見えない力に勢い良く吹き飛ばされる。  派手に転び地面へと倒れる光義の上に馬乗りとなる首切り坊主は手に持つ片手鎌を突き刺そうと繰り出すが、その刃先をお札の力でどうにか防いでみせる。  だが片手鎌とぶつかり合う紙で出来たお札は次第に黒ずみ、抑える力が失って行くのを光義は肌感覚で実感する。 「まずい、三枚のお札にもう効力が無くなって来たぞ。このままでは首切り坊主が持つ片手鎌を防ぎきれない」 「呪いの更なる追加じゃあぁぁぁ、この片手鎌の一撃を再度喰らわせて、お前に、二重、三重の呪いを与えてくれるわ!」 「うっわああぁぁ、やめろ、やめてくれぇぇ!」  このままではまずいと思った光義は咄嗟にポケットから取り出したパック入りの粗塩を無造作に投げつける。すると首切り坊主は少しビックリした表情でその粗塩を避けると、光義と距離を取る。 (避けた、粗塩を?) 「クククク、ビックリさせおって、危うく臭い粗塩がワシの体に当たる所だったわ。だがもうお前を守ってくれるお札はもうないはずだ、そうなんだろう、小僧。お前は今日一日で、お札を全て使い果たしたはずだ!」 「そうか、だからお前は意図的に警察署に現れて、警察官達を大勢自害させて見せたのか。俺のお札を出来るだけ消費させる為に」 「クククク、だがお前を守ってくれるお札はもうない。ならばワシの言霊はお前には通ずるはずだ。そうだろう、なにせお前の首には我が片手鎌の一撃により、既に呪いの烙印が刻み込まれているのだからな」 「くそおぉ、ペットボトル入りの神水をくらえぇ!」  腰ベルトに下げていた神水入りのペットボトルの水を、キャップを外し巻きかけるが、もう既に中身の水が黒く変色しているのか、首切り坊主の体に飛び散った水はその半透明の体を通り抜け、そのまま地面へと落ちてしまう。 「ああああ、神水が、なんの意味もなく、首切り坊主の体を通り抜けた。全く効かないじゃないか!」 「無駄無駄無駄無駄、無駄だ。全てが無駄な行為じゃよ。ワシにはそんな子供だましなど、全く効かぬわ」 「そんな馬鹿な、ならこれならどうだ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経!」 「また仏教のお経か。だがそんな物が効かない事はもう昨日の夜に証明済みではなかったかのう」 「ならば、これならどうだ。かしこみかしこみ申す、清めたまえ、祓いたまえ……」 「フフフ、今度は神道の祝詞か。ど素人のお前が経文や祝詞を唱えた所で、ワシに効く訳がないだろ。少しは学習したらどうだ。哀れなクソガキよ!」 「なら十字架は?」 「異国の宗教がワシに効く訳がなかろう」 「くそおぉ、全く効かない、一体どうしたらいいんだ。もう打つ手がないぞ。このままじゃ家に逃げ込む前に、呪い殺されてしまう」 「そうだ、お前はここで、絶望して死ぬのだ。だがただでは死なさん。我らが敵、神憑きであるお前には更なる絶望を味わった上で地獄に叩き落としてくれるわ!」  首切り坊主は勝ち誇った顔を向けると、背後にある伊勢間家に向けて呪いの言葉を叫ぶ。 「この片手鎌で首を切られし哀れな小娘、伊勢間紀保子よ、自分の部屋で今すぐに、自分の首を掻き切れ、今直ぐにだ。自らの手で自決しろぉぉ!」 「や、やめろおぉぉぉーーやめてくれぇぇぇ!」  首切り坊主から放たれた恐ろしい言葉に光義は懇願にも似た叫びを上げ絶叫するが、数秒後、二階の窓から見える妹の部屋から紀保子の絶叫が外へとこだまする。 「ぎゃぁぁぁあぁぁぁぁーーぁぁ!」  その悲鳴は当然外にいる光義の耳にも入り、頭の中が真っ白になった光義は大きく取り乱し家の方へと走り寄ろうとする。 「そんな、馬鹿な。紀保子、紀保子、うっわああぁぁぁぁぁぁ!」  泣きながらも走る光義の背後から無情の言葉が降りかかる。 「止まれ!」  その瞬間、光義の体はピタリと止まり、まるで硬い石像のように全く動けなくなる。 (くそおぉ、体が全く動かない。動け、動け、頼むから動いてくれよ。今行けば、救急車を呼ぶことができる。ならまだ妹が助かる可能性はあるかも知れない。だからお願いだ、誰か助けてくれ、誰かぁぁぁぁ!)  必死に声を出そうと口を動かすが当然声を発する事は出来ず、何もできない光義は自分の情けなさに打ちのめされる。 (何もできない、俺は妹すらも救えずに、みじめに死んでいくのか。ちくしょう、ちくしょう……)  次第に抵抗が無くなり、妹を救おうとする意欲も、この場から生還しようとする気力も諦めへと変わる。  自分の不甲斐なさに心底絶望するそんな光義に向けて首切り坊主は冷徹無情な命令を下す。 「このワシに立てつく哀れなる小童よ、おのれの無力に絶望しながら、その首を自らの手で切るがよい!」  その呪いの言霊を聞いた光義は急に意識を失うとまるで魂のない壊れた人形のように力なく立ち尽くすが、道路の隅に落ちている硝子の破片を見つけると、その硝子の破片を無造作に握りしめる。 「そうだ、その硝子の破片で自分の首を切り裂いてしまえ!」  首切り坊主の邪悪な言葉に従うかのように意思の無い人形となった光義は首に硝子の破片を押し当てると自分の首を搔き切る体勢を取るが、そんな光義の顔に目掛けて半分水の入ったペットボトルが叩き込まれる。  バッキ! 「ぐっはあぁぁ、い、痛い!」 「光義くん、起きて。気をしっかり持ちなさい!」  凛とした声を上げその場に現れたのは神明神社の巫女でもある高円寺神奈である。神奈は光義が無事だった事に心の底から安堵の溜息をつく。 「ハア、危なかったわね、後数秒来るのが遅かったら、光義くん、あなたは間違いなく死んでいたわ。やっぱり私がいないと駄目なようね」  自分の行いに酔いしれるそんな神奈に、光義は顔面に走る強烈な痛みを抑えながら言う。 「首切り坊主に殺される前に、お前が投げた水入りのペットボトルの痛みでショック死してしまうわ。投げるならもっと加減して投げろ。無防備な状態で直接顔にヒットしたから、物凄く痛かったわ!」 「でもそのお陰で目が覚めたでしょ」 「ああ、確かに、すっかり目が覚めてしまったよ」  いきなり現れた高円寺神奈の登場に首切り坊主は小さく舌打ちをし、悔しがったが、直ぐに邪悪な微笑みを光義に向ける。 「クククク、とんだ邪魔が入ったが、小僧よ、お前に掛かっている呪いは未だ継続中である事を忘れるな。確かに意識は取り戻したようだが、体の主導権はまだ、このワシの手の中にある。その事を分からせてやる!」  首切り坊主が手で首を切る仕草をみせると、光義はまたもや手に持つ硝子の破片を再度自分の首に近づけようとする。 「うっわああぁぁ、俺の腕が勝手に動く。止まれ、止まってくれ、俺の体よ。このままでは俺の首に硝子の破片が刺さってしまう。刺さって死んでしまう。神奈さん、見てないで助けてくれ!」 「光義くん!」  光義の呼びかけに神奈は直ぐに駆け寄ろうとするが首切り坊主に牽制され、思うように近づけない。 「クククク、いいから自決しろ。お前も死んだ妹の元に送り届けてやる!」 「ちくしょう、神様、仏様、助けて……助けてください」  自分の首に徐々に近づく鋭利な硝子の破片に光義はおじけづき、何もできずただ情けなく喚き散らすが、そんな光義に神奈は大きな声で叫ぶ。 「神様全般に助けを求めてどうするの。そうじゃなくて、あなたを個人的に守ってくれる天津神の神様の名を呼ぶのよ。その名前をあなたは知っているはずよ!」 「天照大御神だっけ?」 「違う、そうじゃないでしょ、ちゃんと名前を呼んで!」  必死に訴える神奈の言葉に名を思い出した光義はその天津神の名を大きな声で叫ぶ。 『こい、暁の神、アマテル様!』
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