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2.首切り坊主の呪い
2.首切り坊主の呪い
「不思議だ、気づいたらいつの間にか家のベットで寝ていた。いつの間に帰って来ていたんだ。あれはやはり夢だったのか?」
時刻は朝の六時三十分。
昨夜は壮絶な死に悶絶する伊勢間光義だったが、気づいたら見慣れた部屋で目を覚まし安堵の溜息をつく自分に驚く。
昨晩は二駅先にある噂の廃寺に同じ高校の仲間たちと共に肝試しに行ったはずなのだが、境内に入るが否やいきなり仲間たちがあの怪しげな坊主に次々と襲われ、その首を瞬時に胴体から落としていく。その凄惨な光景を目の当たりにした光義は廃寺の表門まで必死に逃げたが、ついには追いつかれ、皆と同じようにその首を切られてしまう。
「……?」
そのはずなのだが、なぜか光義は部屋のベットの中で目覚め、まるで五時間前にあった出来事が夢だったかのように穏やかな日常が目の前に広がる。
なにも変わりない、いつもの光景に安堵の溜息をつく伊勢間光義は手の指で、切られたはずの首筋を確認する。
「痛くない、傷口もないようだ。やはりあれはただの夢、あるいは極度の恐怖から来る催眠状態だったのかもな。そうだ、そうに違いない。昨夜俺の前に現れたあの首切り坊主は俺が見たただの幻覚で、本当は皆ちゃんと生きているはずだ。その証拠に俺が無事に、家にたどり着いているからだ。多分余りの恐怖に気絶した俺を、他のみんなが自宅まで運んでくれたに違いない。そうだ、きっとそうに決まっている」
自分で出した独自の見解に伊勢間光義は、昨夜廃寺で見た首切り坊主は自分の幻覚だと無理やり納得させる。
「なんだよ、不安にさせやがって。でもまさか俺があんな幻覚を見て、更には恐怖のあまり気絶をしてしまうとはな。きっとあいつらには臆病者だと思われてしまったかもな。でもまあいいさ、昨夜の悪夢は俺が見たただの夢だとわかったんだからな。でも一応あいつらの安否を確認したいから、家まで送ってくれたお礼がてら、あいつら三人にラインかメールでも送っておくか」
少しビクビクしながらスマホを持つと伊勢間光義は、昨夜一緒に廃寺へ行った、浩一、加也子、元太、の三人に連絡を送る。
「これで良しっと。もう登校する時間も迫ってきたし、顔でも洗って、朝飯を食べるか」
湧き上がる不安を忘れるかのように部屋から出た伊勢間光義に、廊下で八合わせた妹の(中学三年)伊勢間紀保子が兄の顔を見るなり、ちょっとした異変に気付く。
因みに妹の紀保子は、体型は小柄で、勝気な性格をした、ツインテールが似合う可愛らしい女の子だ。そんな彼女が、だらしない兄に向けて注意をする。
「ちょっとお兄ちゃん、昨夜は一体どこに行っていたの。帰りが遅いと思っていたらいつの間にか帰って来ていたし、お爺ちゃん、凄く怒っていたわよ」
「そうか、昨夜はちょっと高校の仲間たちに誘われて、ある廃寺に肝試しに行っていたから、つい日をまたいでしまったぜ。まあ日の出がでる前に友達に家まで送って貰ったんだから別にいいだろ」
「いいわけないでしょ、もうほとんど朝帰りじゃない。しかもこれから高校に行くのよね。絶対に寝不足でしょ!」
「いいんだよ、少しだけ寝たんだからさ。俺は今、この瞬間でしかできない青春を、大事な高校生活を満喫しているんだから文句を言ってんじゃねえよ」
「まあ、お兄ちゃんの人生なんだから別に何をしていたっていいんだけどね、あまり変な所に行ってると、おかしな事に巻き込まれるかもよ」
その何気に言った妹の言葉に、まるで思い出したかのように昨夜に現れた首切り坊主の邪悪な顔が伊勢間光義の脳裏によぎる。
昨夜の恐ろしい出来事に一瞬体をこわばらせたが、直ぐにあれがただの幻覚だと思い直すとその場を立ち去ろうとする。
「じゃ俺、顔を洗って朝飯食べるから」
言葉を遮り洗面所に行こうとする伊勢間光義の行動を、伊勢間紀保子が止める。
「ちょっと待って、お兄ちゃん、その首に出来ている横に走る赤い線は一体なに、何かで首を引っ掻いたの。その傷、随分目立つんだけど?」
「赤い、引っ搔いた傷だって?」
妹の紀保子に手鏡を見せられ、その指摘に光義は鏡を通じて、咄嗟に自分の首元を直視する。
妹の言うように光義の首には赤い横線が、まるで何かで強く引っ搔いたかのようにくっきりと残る。
「いつの間に、こんな赤い線の跡が……痛くもないし、感じもしなかったから、見るまで気付かなかった。でもこの線の跡って……確か」
光義は首に残る赤い線の跡を見ながら、昨夜首切り坊主に切りつけられた箇所が見事に一致する事に気づくが、おそらく気のせいだと無理やり不安をかき消す。
(有り得ない、あれは幻覚、もしくは俺の恐怖心が作り出した、ただの夢だったはずだ。その証拠に俺は何事もなくこの家に、無事に帰って来ている。きっと他の仲間たちだって、無事なはずだ!)
まさかと思い青ざめるそんな伊勢間光義の不安を払拭するかのように、光義のスマホには、昨夜に首切り坊主に首を切られたはずの、浩一、加也子、元太の三人からのラインのメッセージが次々と着信される。
「なんだよ、あいつら生きてんじゃん。やはり昨夜の首切り坊主は、俺の恐怖心が作り出した、ただの幻覚だったんだ。そうに決まっている」
三人からの着信が届いた事で心から安堵した光義はそのまま洗面所に顔を洗いに行くが、洗面所で今度は、この家に住む祖父、五助お爺さんに声をかけられる。
祖父の伊勢間五助爺さんは町の葬儀屋で社員として働いていたが、今は定年退職し、家で気ままな隠居生活を楽しんでいる。
因みに趣味は、市販のプラモデルやフィギュアを魔改造し、独自の造形に制作するクリエイターだ。どうやら数年前から作品作りにはまっており、プロ級の職人技を見せる。
そんな五助爺さんは光義の首に残る赤い線に目をやると、余程驚いたのか目を見開き驚愕した顔をする。
「光義、昨夜は一体どこに行っていた。いや今はそんな事はどうだっていい、その首に残された印は……お前、どこかで呪いを貰って来たな。しかも恐ろしく強い呪いだ。これは直ぐにでもお祓いをしないといけないレベルだ。だがそれでこの呪いをどうにかできるとは思えないが、何もしないよりはマシか!」
光義を見るなり血相を変えて話す五助爺さんのただならぬ態度に不安を増大させる伊勢間光義は、緊迫感を見せる真剣な対応に思わず動揺する。
「爺さん、いきなり何言ってんだよ。今のご時世、呪いとか、有り得ないだろ。まさか本気で言っているのか、冗談だよな?」
「極めて本気だ、お前は何も感じんのか。ワシには若干霊感があるからな、だからわかるんだよ。それで昨夜は一体何があった。今全てを話さないと命にかかわるぞ。おそらく何かの怪異に遭遇しただろ。いいから詳しく話してみろ」
五助爺さんに説得された光義は、仕方なく昨夜に起きた奇怪な出来事を事細かく話す。
全てを聞いた五助爺さんは何かを考え込むかのようにしばらく黙っていたが、今までに無いほどの真剣な顔で言う。
「隣りの区域にある、あの小山にある廃寺は確かに危ない所ではあるが、人の命を脅かす悪霊はいないはずだ。しかも首切り坊主という妖怪や怨霊は聞いた事がない。いや、確かSNSの五チャンネルにそんな妖怪の都市伝説があったな。だがその空想の妖怪がなぜあの廃寺に現れたんだ。それは本当に首切り坊主だったのか?」
「多分そうだよ、俺たちはその首切り坊主の噂があったから、肝試しを兼ねてあの廃寺に行ったんだ。でもまさか本当にあんな化け物に遭遇するとは思わなかったがな。でもあれは俺が恐怖心から作り出したただの幻覚なんだろ!」
「いいや、幻覚ではない事だけは確かだ、その証拠にお前の首からは強い呪いの波動がヒシヒシと感じるからな」
「あの出来事は現実に起きた本当の出来事だと言いたいのか。なら俺はこれからどうしたらいいんだ。まさかこの事で俺は死なないよな? どうなんだ、爺さん!」
「この呪いがどの程度のものか、少し試してみるか」
五助爺さんはポケットから黒い数珠を取り出すと光義の頭の上に掲げて見るが、その瞬間引力に逆らうかのように力強く広がった数珠の輪は紐の耐久力の限界に達すると、玉を飛び散らせながら勢い良く弾け飛ぶ。
パッシュ・バラ・バラ・バラ・バラ!
「やはり数珠がはじけ飛んだか。この意味がお前にはわかるか。それだけこの呪いに力があるということだ」
「数珠の紐が、独りでに切れやがった」
「これが答えだ。このままではお前は近いうちに確実に死ぬ。それだけ強い呪いの印をお前は受けている。その死の呪いから逃れるのは至難の業だぞ。なにせお前は本物の、正体不明の妖怪に命を狙われているんだからな。昨夜は首切り坊主と呼ばれる悪霊に首を切られて呪いのマーキングをされている、なので近いうちに必ずお前は何らかの物的自称で命を落とす事だろう」
「いやだ、俺はまだ死にたくはないよ。五助爺さん、俺は一体これからどうしたらいいんだ?」
「心配するな、手は打ってある。ワシがどうにかしてやる。ていうか正体不明の闇の者達か……今は亡き、祖母のトメ婆さんの言っていた通りになったな。まさか本当にこんな日が来るとはな……この因果……これも伊勢間家の定めか!」
五助爺さんは思いにふけりながらもしみじみ言うと、使命に満ちた目で光義に言う。
「取り敢えずは風呂場で、天然の粗塩をお湯に溶かして、頭からかぶりなさい。粗塩の入ったお風呂で体を清めたら護符を数枚お前に渡しておくから、取りあえずはそれで今日一日をどうにか耐えてくれ。そして学校から帰ったら、寄り道せずに真っ直ぐに家に帰って来なさい。その間にワシは、その呪いを解く対抗策を準備しておく」
「対抗策だって、それは一体なんだよ?」
「いいから今は普段通り高校に行きなさい。帰って来てからが、怪異・首切り坊主との勝負の時だ!」
「このままだと、俺は死ぬだってぇ。五助爺さんの言うように俺は本当に呪われているのか?」
五助爺さんに言われるがまま光義は粗塩を用意し、お風呂で体を清めるのだった。
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