第二章 『九尺様編』 0.母親

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第二章 『九尺様編』 0.母親

 第二章 九尺様。  0.母親  ヒグラシが鳴き、夕日が地平線の見える街並みに消えようとしている頃、地面をコツコツと杖で叩きながら歩く一人の少年が鬱蒼と木々が茂る広い公園の中へと入って来る。  目が見えないのか注意深く音で辺りの状況を確認しながら歩くその少年は誰かを探しているそぶりをみせると、人の気配に気付き即座に足を止める。 「隆……こっち、こっちよ。またこの公園に来たのね、大変じゃなかった」 「大丈夫だよ、それよりもお母さんも勝手に病院を出て平気なの。お父さんの話じゃ、絶対安静とか言っていたけど」 「大丈夫、この公園まで……なら、お外を少し……散歩するくらいは……平気だから……」  生まれた時から視覚に障害がある少年隆は元気に笑顔を作ると、母親らしいその女性に進められるがままに目の前にあるベンチに座る。  父の話では、母の意識は未だに戻らず植物状態のままと聞いていたが、つい最近この公園内で、寝たきりだったはずの母親に声をかけられた事で、この公園が母親と唯一交流のできる憩いの場へとなっていた。  夕方の時間、公園に来たらかなりの確率で最愛の母親に会えるので、ここ最近はほぼ毎日足を向けていた。  そして今日も逢いたかった母に会えた事で隆少年はいつものように安堵の笑みを向けると、隣に座る母親に、今日一日学校であった事や将来の夢を語って聞かせる。 「お母さんの容態が良くなって、ちゃんと病院を退院できたら、僕とお母さんとお父さんとの三人でディズニーランドに行きたいな。そこで沢山遊ぶんだ。だってみんなが笑顔で笑っている暖かな声が好きだから、人の温もりを、優しい暖かさを心で感じたいんだ」 「そう……隆は優しいね。そんなことよりも……握手して……お願い……握手して……握手」  なぜか今日も強く握手をせがむ母親に、隆少年は首を横に振りながら言う。 「お母さんと握手とか、恥ずかしいから嫌だよ」 「ならみんなが羨む、楽しい所へ行こうよ。きっと楽しいよ」 「え、ここでいいよ。ここでお母さんと時間が許す限り、お話がしたいよ」 「そう……私と……お話がしたいの……お話……この私と……ポポッ」 「そんな事よりさ、まだ時間があるんだったら僕の話に付き合ってよ。まだまだ話したい事が沢山あるんだ!」 「フフフ、隆はいつも楽しい話が尽きないわね。いいわ聴いてあげる。でもその後でいいから、今日はいい加減、お母さんと握手をしてね。ポポ」 「でも今日は学校の校庭で両手を擦り剝いてしまったから、手は包帯だらけなんだ。見てよ、これじゃしばらくは握手はできないだろ」  隆少年は残念そうにいうと、母親がいる声のする方に手に平を包帯で巻いた痛々しい姿を見せつける。 「そう、それじゃ、しばらくは握手はできないわね。残念……残念……でも治ったら必ず握手をしてよね。約束だからね……ポポ」 「うん、そうだね……気が向いたらね」  隆少年はなんだか寂しそうに言うと、白い麦わら帽子を被る長身の女性と楽しく話をするのだった。
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