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5.愛人
5.愛人
「隆、お前はまたこの公園に来て一体何をやっているの。この公園は危険だから近づいては駄目とあれほど言っているでしょ。なぜ分からないの、人様にまで迷惑をかけて、全くあなたって子は本当グズなんだから!」
「でも……ぼく……」
「黙れこのクソガキ、迷惑をかけるだけのごくつぶしの癖に、生意気にも意見なんかしてんじゃないわよ。なんの役にも立たない癖に言い訳だけはいっちょ前に言うんだから!」
公園に迎えに来たその女性は少年に向けて辛辣な言葉を並べる。
九尺様との遭遇により予定より時間が過ぎてしまった光義と須田部長の二人はしっかり暗くなった公園内を走り抜けると、高円寺神奈と石井隆のいるベンチへと舞い戻る、そこで見たのは、酷くうなだれる盲目の少年を異常なほど𠮟りつける母親らしき中年女性である。
その母親らしき女性は辺り構わず少年に向けてヒステリックに喚き散らすと、懸命に石井隆を庇う高円寺神奈にもその辛辣な矛先を向ける。
「さっきから隆をかばうような仕草を見せて、一体なんなの、あなた。なんかその子に付き添っていたみたいだけど、これは家に中々帰ってこない悪い子に向けて教える家の教育なんだから、邪魔しないで頂戴!」
「こんなのは教育じゃありません。これはただの虐待です。あなたは本当にこの少年の母親なのですか?」
負けずに抗議する高円寺神奈に石井隆は小さな声で言う。
「違う、その人はお母さんじゃないです、東子さんです。家のお手伝いだった人です」
怯えながら言う隆の言葉に、その東子という女性は意地悪く笑う。
「ハハハハハ、でも今は家政婦からあなたのパパの愛人に昇格よ。あなたの母親は今も病院で意識が戻らないままだし、愛人となった私が晴れてあなたのお父さんと結婚する予定なんだから、あの豪邸も財産も全て私の物という事よ。だからあなたは黙って私に従っていればいいの、分かったクソガキ!」
「お母さんは戻ってくるよ、だって昨日もその一昨日もここで会って話をしていたんだから」
「フン、そんな事ある訳がないでしょ、見え透いた噓を付くんじゃないわよ。お方帰って来たくないから、こんな所で油を売っていたんでしょ。本当はあなたがいなくなろうとどうだっていいんだけど、世間体もあるし、旦那様に見つかったら私が怒られるんだからね!」
「お母さんはいるよ、元気になったって言ってたんだから」
「はいはい、わかりました、病院で植物人間状態のあなたの母親がこの公園に来たのね。フフフ、霊体としてあなたに会いに来たのなら、あの女の死期も早いのかも知れないわね。もしそうなら物凄く嬉しいけど!」
「子供の前でそんな言い方はないと思います。家政婦さん、ちょっと酷いですよ」
「黙れ、この小娘が、家の家庭に口出ししてんじゃないわよ。正義顔してムカつくわ!」
「もうあなたでは話にならないです、この子のお父さんを呼んでください。隆君は、そのお父さんに事情を話した上で引き渡しますから」
話の流れから隆少年の事情を察した高円寺神奈は目の前にいる家政婦にではなく父親を呼ぶように求めたが、東子は下を向く隆を無理矢理引っぱっていく。
「ふざけんな、赤の他人がでしゃばるんじゃないわよ。とにかく隆は連れて行きますからね。いくぞ、隆!」
「東子さん、手が痛い、痛いよ。お母さん、お母さん助けて!」
「うるさい、とっとと歩け、この鈍間!」
怒り心頭の東子は嫌がる隆少年を引きずりながら所々街灯が照らす住宅街へと消えていく。
正直何とも言えない憤りを覚えた高円寺神奈だったが、石井隆少年が頻りに言っていたあの言葉を思い出す。
「にわかには信じられない事だけど、隆君は本当にこの公園で、母親に会っていたのかしら?」
何気にでた高円寺神奈の言葉に、途中から話を聞いていた須田林太郎が口を挟む。
「それはないだろ。あの家政婦の話じゃ、隆少年の実母は病院で植物人間状態らしいじゃないか。なら普通に考えて隆少年が嘘を言っている可能性が充分に高い。まああの意地悪な家政婦が家にいるんじゃなるべく帰りたくはないだろうし、その寂しさからいないはずの母親を求めて虚言を吐くのは、幼い子供にはよくある話じゃねえか」
「でもあの感じ、隆君が噓を言っているとは思えないわ」
その二人の会話に今度は伊勢間光義が素朴な疑問を口にする。
「隆君がここ最近夕方くらいに毎日この公園に来ているというのなら、一つ可笑しな点がある。この公園の前を訪れた小学生の子供達は皆少なからずあの九尺様の姿を見たり、遭遇したりして、襲われている人もいるはずなんだが、あの少年は平気だったのかな。いや違うな、なぜ九尺様はあの隆少年を襲わなかったのかだ」
「まあ、見過ごしたなんて事はないだろうからな、確かに可笑しな話だ」
「この公園付近で目撃されている怪異、九尺様と石井隆少年とは、もしかしたら何か繋がりがあるのかも知れない。実際この場で九尺様の姿を見てしまった以上、そうでも考えないと辻褄が合わないからな」
隆少年がここ最近この公園に来ているという情報から結論付けた伊勢間光義は、明日また同じ時間に公園に来て詳しく話を聞こうと思うのだった。
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