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8.鬼子母神
8.鬼子母神
勢い良く公園を出た物の謎のおばさんに関する情報が一切ない事に気づいた光義は置かれている状況を改めて整理する。
なぜ公園内にある、鬼子母神を模った仏像の前に九尺様のフィギュアが置かれていたのか。それだけでも謎だが、九尺様のフィギュアがご神体である事をまるで知っていたかのように子供から取り上げた謎のおばさんは一体何者なのか。
どこまで関わり、そして何を知っているのか。その謎を解くには先ず謎のおばさんがこの辺りに住んでいるかを知る必要がある。
光義はこれからどうした物かと考えていると、須田林太郎部長は自信に満ちた顔で自分の考えを言う。
「ここはやはりその九尺様のフィギュアに関わった小学生の子供達を見つけて、一人づつ詳しく話を聞いた方がいいんじゃないのか。なにか謎のおばさんに関する情報が聞けるかも知れない。それに先ほど会った日ノ下美緒の家を張り込むのも有りかもな。どうやら彼女もまた九尺様の呪いを受けたターゲットらしいから、根気強く張り込んでたら必ず九尺様は現れるはずだ!」
「でも俺達の今の目的は謎のおばさんに会う事ですから、まだ倒す事もできない九尺様に会っても意味が無いでしょ」
そこに今度は高円寺神奈が疑問の言葉をぶつける。
「そもそもなんで、公園内にある鬼子母神の仏像の横に九尺様のフィギュアが置いてあったのかしら。元々そこに合った訳じゃないと思うから、何らかの目的があってその謎のおばさんはフィギュアをあの場所に敢えて置いていたはずよね」
「確かに……」
「確かアマテル様の真のご神体は、フィギュアの中に埋め込まれている八咫の鏡の破片なんだよね。その破片が力の源でありこの世に体現できる条件だったはず……そうよね」
「確かにそうだが、それがなんだよ」
「この前、アマテル様が退治した首切り坊主のフィギュアの中には確かそのお坊さんの物と思われる骨の一部が埋め込まれていたのよね。それが首切り坊主をこの世に体現させる事のできる条件だった。そしてその因縁はこの前光義くんが肝試しに行った廃寺に由来する物。と言う事は、あの九尺様と呼ばれているフィギュアの中に埋め込まれている物は、おそらくは鬼子母神に関する物のはず。そしてその鬼子母神の仏像の横にフィギュアを置いていたその理由は……」
「鬼子母神に係る何かの一部をご神体として取り入れた九尺様のフィギュアは鬼神の力を手に入れ、その更なる力のチャージの為に、この公園内にある鬼子母神の仏像の横に置いていたと言う事か。だがその普段なら人気のない場所に子供達が現れて儀式を中断させられたから、その謎のおばさんは九尺様のフィギュアを回収しに来たと言う事か」
そこまで話した伊勢間光義はある可能性に気づく。
「ちょっと待てよ。と言う事は、その謎のおばさんも俺と同じ神憑きという事になるぞ。そしてその後、九尺様のフィギュアを見た子供達を襲うようにと命令したのも、その謎のおばさんである可能性がある。そう言う事か」
「あくまでも可能性の問題だけどね」
「神奈さん、その事でアマテル様は君に何か言ってきてはいないのか」
「特になにも言ってきてはいないわ。アマテル様の方から一方的に念波が送られては来るけど、私からはアマテル様を呼び出す事はできないからね。それができるのはアマテル様に選ばれた神憑きである光義くんだけよ」
「でも俺も、アマテル様の存在を身近に体感する事はできても、その姿を見たり声を聴いたりする事はまだできないからな」
「だから巫女である私がいるんじゃない。光義くんがアマテル様を直接ここに呼んで問いかけてくれたら、後は私がアマテル様の意思を通訳するわ」
高円寺神奈は、危険極まる怪異の事は神様でもあるアマテル様に直接話を聞いた方が早いと提案し、その助言に納得した伊勢間光義は天照大御神の印を組み、暁の神・アマテル様を呼び出す。
『天照大御神、天照大御神、天照大御神、我を守りたまえ。そして俺の思いに応じよ。こい、暁の神・アマテル様!』
光義のその掛け声と共に夕焼けの空に雷鳴がとどろき、暁の神アマテル様がその姿を現す。
姿を現しているはずなのだがなぜか呼び出したはずの光義や、なんの関係も無い須田林太郎部長には全く見えておらず、今の段階で姿が見えているのは高円寺神奈一人だけのようだ。
高円寺神奈は目の前に現れたアマテル様に深々と頭を下げると、空虚に口を開くアマテル様の言葉を代わりに代弁する。
「おそらく九尺様と契約したその歳多き女性は九尺様をこの世に体現させるが為に、鬼子母神の仏像の欠片を埋め込んだ物と思われます。しかも相手に触れただけで対象を何処かに消してしまうという神通力を得る為にはよほどの力の蓄えがないと、継続して使う事はできないはず。私が相手の正体を知り、因果や概念を構築しないと対峙できないのと同じように、九尺様がこの世に体現しその力を振るうには、あの公園内にある鬼子母神の仏像の前での力のチャージが必要不可欠です。もしもこの答えが合っているのなら、もうやることは分かっていますよね」
「つまり、九尺様を操るその謎のおばさんは、鬼神の力を補充する為に、近いうちにまた公園内にある鬼子母神像の前に現れると言う事か」
「そう言う事です。今回は何人かの子供達が九尺様を入れた形代とその源でもある場所を知っていた事と、そのご神体を持ち去ったとされる謎のおばさんの存在から、九尺様の正体が仏教を守護する夜叉、鬼子母神系列の鬼女の力を有した怪異である事がわかりました」
「でも鬼子母神って確か毘沙門天の妻で、子供の息災や安産の女神様じゃなかったかな」
「そうです。ですが伝承では、鬼子母神には五百人の子供がいて、その子らを育てるだけの栄養をつける為に人間の子供達を捕まえて喰らっていたそうですが、その為多くの人間に恐れられていました。それを見かねた釈迦が、彼女がもっとも愛した末っ子のピンガラを鉢の中に隠し、子供を失う母の愛は皆一緒だという事を分からせたという話があります」
「そして過去の過ちを反省し、人々を守る慈愛の女神になったと言う事か。ならアマテル様は鬼子母神や他の神々と会った事はあるのか」
「ある訳ないじゃないですか。私が自我に目覚めたのは、天照大御神から八咫の鏡の欠片をあなたの祖母のトメ婆さんに献上された時ですから。なので神様には会った事は一度もありません。この情報もSNSで何気に調べた時に得た知識です」
(SNSって、この浮世神が)とも思ったが、その言葉はグッと心の奥にしまう事とする。
「九尺様の正体が鬼子母神の力を借りた鬼神かも知れないという事は分かったが、その情報だけじゃ駄目なのか?」
「そうですね、九尺様の正体が解った以上、九尺様と直接対峙をする事はおそらくは可能だと思います。ですが九尺様を倒し得る概念を生み出すには弱点となる情報がまだ足りないので、謎のおばさんとやらに会ってできるだけ九尺様に関する情報を聞き出してください」
「俺達が九尺様に関する情報をもっと集めないと鬼子母神の力を有する九尺様には勝てないと言う事か。わかったよ、アマテル様」
ため息交じりに呟くと伊勢間光義は高円寺神奈と須田林太郎部長に確認を取ると、自主的な夜勤に備えるためコンビニに立ち寄る事を提案する。この軽率な判断が長い恐怖の夜に巻き込まれる要因になろうとは、今の三人は知る由もなかった。
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