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9.張り込み
9.張り込み
時刻は宝石のような星空と漆黒の闇が覆う二十二時十分、年老いた中年女性が公園内の隅にある鬼子母神像の前に来ていた。
その中年女性は辺りを警戒しながらも懐中電灯で目的の場所を照らすと、手に持つ不気味なフィギュアを古びた仏像の前に供える。
闇夜が広がる薄暗い空間の中、なにやら聞いた事のない呪文を熱心に唱え始める謎の中年女性は興奮しているのかトランス状態に入ろうとしていたが、背後に人の気配を感じ慌てて後ろを振り向く。
「だ、だれだ?」
中年女性が咄嗟に後ろを振り向くとそこにはインテリ風の仕草が鼻につく男子学生と、清楚感溢れる和風美人の女子学生の二人がその場に立つ。
崇高なる神へと捧げる儀式を見られた事で焦りを感じた中年女性は、計画の邪魔となる目撃者を完全に消す為、先ずは相手の顔を確認する。
「なに、いつの間に後ろにいたの、あなた達は一体だれ?」
「私達はある事情から、邪神様が作りし傀儡となるご神体達の存在を知る数少ない者です。怪異を引き起こすご神体を操る者がこの公園にいる事を知り、ここで張り込んでいました。悪い事はいいません、その九尺様のフィギュアをこっちに渡してください。その九尺様という呪物はとても危険な代物です」
「おい、おばさん、あんたも邪悪な神に見染められた神憑きのようだが、もう怪異を使った悪事は辞めるんだな。そして九尺様の力でどこぞに消した子供達の居場所も話して貰うぞ!」
謎のおばさんが持つご神体となる九尺様のフィギュアを奪おうと近づく須田林太郎部長と高円寺神奈の二人だったが、九尺様のフィギュアを拾い上げた謎のおばさんはお経のような呪文を唱えると大きな声で叫ぶ。
『私の計画の邪魔をする者はたとえ誰であろうと許しはしない。来なさい、夜叉の力を宿す鬼子母神の子供の一人よ。現れよ、九尺様!』
フィギュアのご神体を掲げたまま謎のおばさんが叫んだ瞬間、その背後に2.727センチメートルの背丈をした長身の鬼女、九尺様が体現する。
主に呼び出された九尺様は謎のおばさんの顔を静かに見下ろすと、ポポ、ポポポと謎の奇声を発する。
「ポポーーポポポ、ポポーーゥゥ」
「九尺様、私の計画を邪魔する者たちが現れたわ。私の崇高なる行いを、正しい姿勢を馬鹿にし笑ったあの愚かな子供達と同じように、お前の力であいつらをあの世に消しちゃって頂戴!」
「子供達に馬鹿にされたから消した……それってどういう事?」
思わぬ形で出た謎のおばさんの言葉に、高円寺神奈が子供を襲った理由を聞こうと話し合いを持ち掛ける。だがもう既に戦闘モードとなっている謎のおばさんに神奈の言葉は届かず、主の命令を聞いた九尺様は目の前にいる神奈に襲い掛かる。
「ポポーーポポポーーポポーーポポポ、握手、握手をして。手を繋いで!」
長身から繰り出す大きな両手で捕まえようとする九尺様に対し、高円寺神奈は素早く後ろに下がり間合いを取ると、神明神社で祝詞を捧げ清められている護符を数枚瞬時に取り出す。
「清めたまえ、祓いたまえ!」
神奈が清めの言葉を唱えた瞬間、両手に持つ数枚の護符は数秒で真っ黒になり、急遽取り出した神水は、ペットボトルの中で悪臭を放ち腐り濁る。
「そんな、護符の守りが全く効かない。早い、早すぎる。九尺様の力がこれほど強力な物だったなんて、誤算だったわ。これじゃ怯ませて逃げる隙も作れない。でも……」
目の前まで来た事で逃げ場のない高円寺神奈は万事休すと思っていたが、九尺様は捕まえる事無くその場でピタリと止まる。
「なるほど」
何かを理解したかのように高円寺神奈がそう呟くと、目の前にいる九尺様の体に手を触れてみる。すると神奈の手は九尺様の体を通り抜け、まるで蜃気楼の中に手を入れているかのような感覚に陥る。
「やはりそうか、アマテル様と同じか。アマテル様は怪異の正体や弱点を知る事で縁とのいうべき概念を作り上げて相手に接触する事ができるけど、九尺様は一つの事柄でしか相手に触れる事ができない。おそらくそれは……」
「ポポーーポポポ。ねえ、綺麗なお嬢さん……私と……握手して……握手して……ポポ、ポポポーーお願い……お願い……。みんなが羨むような、楽しい国に行こうよ。きっと楽しいよ。幸せな世界に行こうよ」
(しまった、この言霊を聞いてはいけない。でないと手が勝手に上がって行く……)
心の中で九尺様が相手を消す条件を完全に理解した高円寺神奈は自分の意思とは関係なく手を差し伸べていく衝動に抗いながらも須田林太郎部長に叫ぶ。
「須田部長、絶対に九尺様と握手をしては駄目よ。もし握手をしてしまったら子供達や私同様須田部長も何処かにその存在を消されてしまう。夕方頃に会った日ノ下美緒の所に別行動をしている光義くんにこの事を知らせて。そしてこの謎のおばさんの素性を暴く事が、もしかしたら九尺様を倒す弱点に繋がるかも知れない。そんな気がする。だから早く逃げるのよ!」
「高円寺、あの謎のおばさんが九尺様を鎮める弱点になるというのなら、今ここであの謎のおばさんから九尺様を奪ってやる。うっおぉぉぉぉぉ!」
「駄目、そんな事をしても無駄よ。確かに九尺様は私達に触れる事ができないけど、神憑きたる主に危害が咥えらえそうな時は話は別よ。九尺様の攻撃方法が変わるわ!」
神奈が伸ばしてしまった手を掴もうとする九尺様だったが、その瞬間九尺様の姿はその場から搔き消え、まるで瞬間移動でもしたかのように須田林太郎部長の前に現れる。
「ボボボーボボーボボ、ポポーーポポポ、止まれ!」
九尺様が『止まれ』という言葉を口にすると勢い良く走っていた須田林太郎部長の体はその場でピタリと止まり、続いて口にする『握手をしよう』という言葉に、手は次第に本人の意思とは関係なく上へ上へと上がっていく。
「くそおぉぉ、なんだよこれは、体が言う事を効かねえぞ。必死に抵抗しているのに、手が勝手に上がっていく。ちくしょう、この力には抗えねえぇ!」
差し出した右手を九尺様が掴もうとした瞬間、須田林太郎部長は残りの左手で射影機を構えると目の前にいる九尺様を写す。
カシャリ!
夜空を切るかのようなフラッシュの光が焚かれたのを確認した須田林太郎は射影機を高円寺神奈に目掛けて放り投げると大きな声で叫ぶ。
「その射影機を持って伊勢間の所まで走れ、そうすれば、あいつなら、俺の思いを、意思を汲み取ってくれるはずだ。早くしろ!」
大きな声で叫んだ瞬間、手を繋いだ事で須田林太郎の体はその場から搔き消え、残されたのは無言で佇む九尺様と、その後ろに控える謎のおばさんの二人だけだ。
「須田部長、須田部長が本当に消えてしまった。逃げなきゃ、今はこの場から立ち去らなきゃ全てが無駄になる。この恐ろしい事実を早く光義くんに知らせないといけない」
須田林太郎の姿を見失った高円寺神奈は本当に消えた事を理解すると、急ぎ地面に落ちている射影機を拾い上げる。
「この射影機を何としてでも光義くんの所に届けてみせる」
高円寺神奈は急ぎ身を翻すと、全速力で公園内から離れて行く。
「あの小娘を追いなさい。絶対に逃がしては駄目。いけぇ、九尺様!」
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