10.射影機

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10.射影機

 10.射影機 「ハア、ハア、ハア、ハア、思いっきり走っているけど、追いかけて来ているはずの九尺様の足が思いのほか遅い。おそらく九尺様は宿主たる主を守る時は瞬間移動のような速さで動く事ができるけど、ターゲットを追跡する事に関しては余り得意ではないようね。その証拠に未だに他の子供達が何人も逃げきれているのがその証拠だ。そして九尺様は他人の家の中にはどうやら入れないようだから、もしもの時は最悪他人の家の中に逃げ込めば九尺様の追跡を交わせるのかも知れない。とにかく今は犠牲になった須田部長の為にもこの手の中にある射影機を……いいえその中にある、SLーL100ラミネートフィルムを光義くんに渡さないと!」  須田部長から託された射影機を持ちながら走る高円寺神奈に、背後から追いかける九尺様が迫る。  その歩みはとても遅い物だったが、一定の歩みで迷いなく近づいて来るだけに高円寺神奈の恐怖は想像も難くない。  息を切らしながら懸命に走る中、何度も後ろを振り返り九尺様の接近を確認するが、追っての姿が見えない事で高円寺神奈は少しだけ安堵のため息をつく。 「どうやら少しだけ九尺様から距離を取れたようね。この調子なら無事に光義くんと合流できそう」  障りを回避する希望が見えた事で少し余裕が出て来た高円寺神奈は夜の町中を走り、急いで人気のない裏路地を走り抜けようとするが、前方にいきなりいるはずのない九尺様が忽然と現れる。 「ポポ、ポポポ、ポポ、ポポポ、手を繋いで、手を繋いで、ポポ行こうよ、ポポ楽しいよ、楽しい場所……幸せの世界、夢の国、苦しみのない楽園……ポポーーポポ」  異様に長い両手を広げると九尺様は堂々とした足取りで高円寺神奈に迫る。 「まさか瞬間移動で先回りをして来るだなんて、やはり思い通りにはいかないと言う事か。光義くんのいる所まであと少しなのに、こんな所で捕まってなる物ですか!」  不気味に迫る九尺様の脅威に旋律を覚える高円寺神奈だったが、気を引き締めると手提げバッグから御祈禱の為の神楽鈴を取り出す。 「神楽鈴はおもに神楽舞いや厄払い厄除けに使う道具だけど、九尺様を退かせることくらいはできるはず。この神聖な鈴音の力で、怪異が作り出す障りの効力を打ち消してあげるわ!」  両手を広げて待ち構える九尺様の体に目掛けて突進していく高円寺神奈は手に持つ神楽鈴を突き出すと、涼やかな音を鳴らしながら清めの歌を歌う。  だが音を周囲に響かせるはずだった鈴の玉はまるで見えない力で弾かれたかのように瞬時に散らばり、両手に持つ木製の棒は見事にへし折れる。  チャリ・チャリ・チャリ・チャリ・ガシャン・チャリ――ン! 「そんな、こんなに早く神楽鈴が破壊されるだなんて、やはり神の力は想像を絶するわ。でもどうにかしてこの射影機だけは光義くんに届けないと」  決意となる言葉を口にしながら射影機を取り出そうとする高円寺神奈の体がピタリと止まる。 「ポポーーポポ、ポポポ、とまれ!」 (体が、体が動かないわ。しまった、九尺様の呪いに捕まってしまった)  冷や汗を流しながらも懸命にもがく高円寺神奈の目の前に来た九尺様は、彼女に向けて呪いの言葉を発する。 「ポポーーポポ、繋いで、手を繋いで、行こうよ、嬉しい所、ポポ楽しいよ世界、夢の国。手を繋いで……あなたも連れていってあげる。みんなが待ってるよポポ」  姿勢を低くしながら言霊を呟く九尺様に向けて、高円寺神奈の片手が徐々に上へ上へとあがっていく。 「くうぅぅーーだめ、抗いきれない」  体の自由を奪われ更には操られていく絶望の中必死に抵抗を試みるが、九尺様が差し出す手をついには掴んでしまう。 「あっ!」  その瞬間、高円寺神奈の体もまたその場から綺麗に搔き消え、その場に残されたのは、不気味な笑いを溢す九尺様と散らばった神楽鈴の残骸だけだ。 「……。」  その数秒後、地面に散らばる鈴の音を聞いた伊勢間光義はこんな夜に何事かと急ぎ駆けつけるが、そこで見たのは地面に転がる無残に破壊された神楽鈴だけだ。 「なんだ、この神楽鈴は?」  その光景に嫌な予感がした伊勢間光義は急ぎ高円寺神奈と須田林太郎の二人に電話を入れるが、もう既に犠牲となった二人は当然電話に出ることはできない。 「くそ、二人ともなぜか電話にでないし、ラインやメールにも返答が未だに帰って来ない。まさか二人の身になにかあったんじゃないだろうな」  全く連絡が付かない事で徐々に不安が膨れ上がる伊勢間光義は飛び散った神楽鈴の玉の一つ一つに注意を向けるとある可能性を想像する。 (二人が九尺様に消されてしまった、もしそうならどうしよう、どうしよう。まさかあの世に連れていかれて、死んじゃったんじゃないだろうな。でいうか九尺様に消された人たちって、元の場所に戻す事はできるのか? 仮に九尺様をどうにか出来ても被害者を戻す事ができなかったら意味ないじゃないか。うっわあぁぁぁぁ、神奈さん、須田部長ぉぉ!)  大いに取り乱し、公園に向けて走ろうとする光義だったが、突如光義が持つスマートフォンに謎のメールが届く。差出人はアマテル様と書いてある。 「なんだ、送り主はアマテル様だって……どうやら冗談じゃないようだな。何々『呪いで消された人達の事は今は忘れなさい。九尺様を倒す概念を作り上げる事だけを考えるのです』だってぇ。まさかいなくなった人達を見捨てる気じゃないだろうな? それとも元凶たる九尺様をどうにかする事が出来れば行方不明になっている皆を助け出す事ができると言う事なのか?」  神の力でメールを送ってきたアマテル様の助言で落ち着きを取り戻した伊勢間光義は頭をフル回転させると、冷静に物事を考える。 (ここに神楽鈴の破片が落ちていると言うことは今し方ここに神奈さんが来たと言う事だ。普通道路に神主が使う神楽鈴が落ちている事なんてまずない事だから、ここまで来た神奈さんの身に何かが起きたと考えるのが普通だ。でも一体何しにここに来たんだ。避難場所には結界が施されてあるお寺や神社に逃げ込む事になっていたはず。それともただ単に俺の所に逃げてきただけなのかな?)  最悪な事を想像する光義だったが、散らばった鈴玉とは別に道路の隅に落ちている黒い何かを拾い上げる。 「これはまさか、射影機に必要な代物、SLーL100ラミネートフィルムか。と言う事は、須田部長が持つ射影機のフイルムかも知れない。そしてここにそれが落ちていると言う事は、このフイルムを写真屋で現像したら何かが写っているかも知れない。明日の朝になったらいち早く写真屋に行かないとな」  手掛かりになるかも知れない古びたフイルムを見つめる伊勢間光義は未だに連絡がつかない二人の安否を心配すると、これから自分が何をしなければいけないかを真面目に考える。 「本当は今すぐにでも公園に向かいたい所だが、二人から連絡がないと言う事は、おそらく二人は九尺様の祟りで何処かに消されたと思われる。その可能性がある以上俺が考えなしに動く訳にはいかない。今は当初の計画通りに日ノ下美緒宅での張り込みに専念するか。どっちにしろ朝が来ないと写真の現像もできないしな」  歯がゆさと焦りを感じながらも光義は自分に言い聞かせると、深夜に必ず行動を起こすと思われる九尺様の対峙を心に留め置くのだった。
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