11.迫りくる恐怖

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11.迫りくる恐怖

 11.迫りくる恐怖  時刻は二十三時十分。  小学三年生、日ノ下美緒はベットの上にお気に入りのパジャマを用意すると、自分の部屋で寝る準備をする。  ランドセルに明日の授業で使う教科書を一通り入れ終わると布団に入る前にトイレに行こうと薄暗い廊下へと出る。 「勉強が長引いてしまったせいでつい遅くまで起きていてしまった。早く寝ないとお母さんに怒られちゃう」  まだ茶の間でテレビを見ている両親を尻目に眠い眼を擦りながらトイレに入る日ノ下美緒は用を済ませると直ぐに自分の部屋に戻ろうと動くが、また茶の間を通り過ぎようとした時、周りの違和感に気づく。 「あれ、電気が消えてる。私がトイレに入っている間にみんな寝てしまったなんて事は流石に考えにくいし、トイレ以外のブレーカーが皆落ちてしまったのかしら?」  トイレ以外の全ての電気が消えただけではなく、茶の間にいるはずの両親がいなくなった事で底知れぬ恐怖を感じた日ノ下美緒は怯えた声で父と母の名を呼ぶと、台所にある懐中電灯を探る。 「お父さ~ん、お母さ~ん、どこ、どこにいるの、一体どこに行ってしまったの?」  暗闇の中でやっとの思いで懐中電灯を見つけた日ノ下美緒はすぐさまライトの明かりを付けると一目散に両親の寝室を見て回るが、誰もいない喪失に少女の心は張り裂けそうになる。 「お父さん、お母さん、本当にどこにいるの。どこかに出かけたの?お願い返事をして」  あまりの不安についには泣きだす小学生女子の背後に大きな影がヌッと姿を現す。白いワンピースに麦わら帽子を被るその長身の女性は長い黒髪を不気味に揺らすと、まるで笑いかけるかのように不気味な顔を突き出す。  色白の顔が見える口元はまるで大きく裂けたかのように広がり、真っ赤な舌とギザギザの歯の隙間から吹き出る息遣いが、後ろを取られた日ノ下美緒の耳に嫌でも吹きかかる。 「まさか、噓、噓よ、あいつは人の家には入れないはず……それなのになんであの女がここにいるの……九尺様がなぜお父さんとお母さんの寝室に?」 「ポポーーポポ、ポポーーポポ、おいで、おいで……手を繋いで、お願い、お願い、一緒に行こうよ……楽しい場所……幸せな世界……夢の国。みんな一緒……一緒……」 「きゃあぁぁぁぁ、いやあぁぁぁ、来ないで、来ないでぇぇ!」  誰もいない密室の中にいきなり現れた九尺様は家の中を必死に逃げ惑う日ノ下美緒を静かに追うが、特に積極的に追う気はないようだ。  まるで獲物を追い詰めて遊んでいるかのように振る舞う九尺様は、転びながらも泣き叫ぶ日ノ下美緒の後を追う。 「きゃあぁぁぁ、助けて、助けて、誰か、誰かあぁぁ!」  玄関に向けて必死に逃げる日ノ下美緒はあと一歩という所でドアノブに手をかけるが九尺様の『止まれ』という言葉に小学生女子の体は固まってしまう。 (動かない……体が全く動かないわ。来ちゃう、九尺様がここまで来てしまう)  まるで死刑宣告を待つかのような心境の日ノ下美緒は、ついに家の中に入って来た九尺様の成長と接近に絶望感が広がる。 (みんなと同じように私、消されちゃう。お父さん……お母さん……)  片手を上げる日ノ下美緒の手を掴もうと近づく九尺様だったが、突然大きな力で九尺様の体が後ろへと吹き飛ぶ。  バッシュウウゥゥゥン! 「ポポーーポポ、ポポーーポポ?」  見えない力で廊下の端まで吹き飛ばされた九尺様は自分の身に何が起きたのかが分からずしばらく様子を伺っていたが、謎の見えない力の正体を知り警戒の声をあげる。 「ポポーーポポ、ポポーーポポ、天津神の……者か」  憤慨した声で呟く九尺様の視界に、玄関のドアを開けて日ノ下美緒を外へと連れ出す伊勢間光義の姿を確認する。  その光景を見た九尺様はすぐさま後を追おうと走り寄るが、伊勢間光義の背後に現れたアマテル様の姿に彼女の動きがピタリと止まる。 「ポポーーポポ、暁の神……太陽の女神か……ポポーーポポ」 「九尺様……その正体は鬼子母神の力を宿した、長身の鬼女」  しばらく睨み合う九尺様とアマテル様の二人だったが、先に動いたのは九尺様だ。  九尺様は長い両手を広げるとアマテル様に掴みかかろうとするが眩いばかりの光の壁に阻まれて掴む事ができない。  触れる事のできない長身の鬼女の事情を見届けたアマテル様はチャンスとばかりに腰に下げている日本刀を素早く抜くとすぐさま九尺様に目掛けて切りつけるが、その刀身はまるで空を切るかのように体を通り抜け、家の中でざわつく風の音だけが虚しく響く。 「やはり、まだ駄目ですか」 「ポポ、ポポポ」  互いの攻撃が通らない事を確認した九尺様とアマテル様の二人は警戒を解くことなく又もしばらく睨み合っていたが、均衡する状況に業を煮やしたのか九尺様はまるでここにいても意味がないとばかりにその場から速やかに離脱をする。 「退散しましたか、でも九尺様は絶対に諦めないでしょうね。ここからが正念場です。光義、何としても九尺様と、その神憑きの秘密を解き明かすのです!」  だれもいなくなった玄関の前でアマテル様は、日ノ下美緒を連れて逃げ去った伊勢間光義の勇気に期待をする。神憑きたる氏子の選択を信じて。
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