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12.深夜の会話
12.深夜の会話
「なんだ、九尺様が追って来ないぞ、まさかアマテル様が助けてくれたのかな?」
突然の停電と悲鳴に急ぎ家へと駆け付け、玄関の前でうずくまる小学生女子を助けた伊勢間光義は家の中にいる九尺様を確認すると、わき目も降らずに急いでその場から退散する。
日ノ下美緒の手をひっ張りながら走る伊勢間光義は九尺様が一向に追って来ない事に安堵の溜息をつくが、安心のできない状態にある二人はこのまま最寄りの神社の敷地内に逃げ込もうと懸命に走る。
だが闇夜の変貌と土地勘の無さから道を間違えてしまった二人は逃げた先に例の公園が見えた事を知ると、心残りがあるのか公園で消えたと思われる神奈と須田部長の行方を探しに行く事を決断する。
「ここは確か、九尺様を操る神憑きのおばさんがいるかも知れないとされる、例の公園か」
「夜の公園に入るんですか?」
「ああ、少し危険かも知れないが、ここまで来たのなら少し友人を探しに行かないと」
「九尺様が待ち受けているかも知れないのに」
「大丈夫、友人から貰ったお札もあるし、いざという時は俺が体を張って君を守ってやる」
「物凄く不安なんですけど」
「少しだけ公園内を見て回るだけだ。誰もいないのを確認したら、取りあえずは最寄りの駐在所にでも駆け込む事としよう」
不安がる日ノ下美緒を宥めるようにしながら公園内へと入る伊勢間光義は周りに注意を払うと、僅かな望みに縋るかのようにいなくなった神奈と須田部長の姿を探す。
闇夜に懐中電灯を当てひたすらに進む光義と美緒の視線の先にいたのは、ベンチに腰を下ろす小学三年生、石井隆少年である。
石井隆は自分に歩み寄る二人の足音を耳で確認すると、静かな口調で話しかける。
「こんにちは、この足音、小幅が小さい方は美緒ちゃんで、もう一人の方は、昨日この公園で会った三人の高校生の内の一人ですよね。こんな夜更けに二人して一体どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞だ。まさかとは思ったが、昨日会った盲目の少年か。一体なぜこんな時間に公園にいるんだ?」
「隆くん、この公園は危険よ。早く帰らないと、隆くんのお父さんが心配するよ」
思わぬ人物との遭遇に正直困惑する光義と美緒の二人に石井隆は、なぜこんな夜更けに公園に来ているのかを説明する。
「たった今、ついさっきまで、ここでお母さんと話をしていたんだ」
「お母さんと会話、こんな深夜にか?」
いつも闇夜にいる状況にある目の見えない石井隆は何も感じないのかも知れないが、こんな闇夜の中をたった一人で徘徊する石井隆少年の異常性と勇気に今更ながらに驚く。
「それで、そのお母さんはどこにいるんだ」
「お兄さん達が来る少し前に病院に帰ったはずだよ」
(帰ったはずって、患者がこんな夜更けに病院から抜け出せる訳がないし、実の子をこの公園に残して一人で帰るだなんて、可笑しいだろ)
とつい疑問が口から出そうになるが、伊勢間光義は特に追求する事無く石井隆に話を合わせる。
「そうか、お母さんはもう帰ったか。そのお母さんと一体どんな話をしていたんだ」
「え、たわいのない話だよ。楽しかった昔の話とか、今日の出来事とか、将来の夢とか、色々だよ」
「それは楽しそうだな。そのお母さんとはいつからこの公園で待ち合わせをしているんだ」
「二年前、お母さんがマンションのベランダから落ちて意識不明の重体になって入院していたんだけど、今から一か月前、公園にたまたま行ったら病院から抜け出して僕に会いに来たお母さんとバッタリ会う事が出来たんだ。僕は目が見えないから面会にも行けないし、お母さんの容体を知る事も出来ないけど、今は公園に行くとお母さんに会う事ができるから、ここ一か月はほぼ毎日公園に行って、お母さんと話をしているよ。お母さんも二時間くらいなら外で散歩をしていいと医師に言われたらしいから、この公園にはリハビリ代わりに来るのだと言っていたよ」
さも当然のように言う石井隆少年の話に伊勢間光義の疑問は更に深まり、隣で話を聞く日ノ下美緒に至っては何かに気づいたのか突然震えだし、表情は恐怖の色に染め上げられていく。
「お、お兄さん、この公園はもう嫌だよ。早くここから離れようよ。隆くんもなんだか可笑しいし」
「この公園から離れるのは賛成だが隆少年をこのままにしておく訳には行かない。取りあえずはご家族に電話をして迎えに来てもらうか。隆くん、自分の家の電話番号は知っているかな」
スマホを手に取りながら話す伊勢間光義の冷静な対応に石井隆少年はびっくりし慌てる。
「いえいえ、家には一人で帰れますから」
「いやでも、もう二十四時過ぎちゃってるし、小学生の子供だし、更には視覚障害者の君をこんな夜更けに一人で帰すわけには行かない。そうだ家まで送っていくよ。途中駐在所に行って日ノ下美緒さんの保護と、いなくなったご両親の事を説明しないといけないけど、その後で良かったら君を家まで送り届けるよ」
「いえ、駐在所に行った時点で家に電話されてお父さんが迎えに来る羽目になってしまうよ。そうなったら僕は怒られるし、東子さんにも叩かれちゃうよ」
「おそらく黙って家を出て来たんだろうから遅かれ早かれ、ばれるのは時間の問題だろ」
「今日お父さんは京都に出張だから家にはいないし、家政婦の東子さんは飲み屋に行った後はそのまま家で寝ているだろうから、そっと帰ればバレないはずです。という訳で僕もう帰りますから付き添わなくても大丈夫です」
「しかしだね」
「僕のことよりも、美緒ちゃんの事をお願いします。理由は分からないけどお兄さんと一緒にいると言う事は何かあったと言う事ですよね。警察がどうとか言っているし、そちらの用事を先に片付けた方がいいんじゃないですか」
話を区切るとまるでその場から逃げるように石井隆少年は歩き出す。
「そうか、あの家政婦が、よほど怖いんだな。なら仕方がないか」
後ろ姿を見送る伊勢間光義に、日ノ下美緒が震えた声で話す。
「隆くんが会っていたというお母さんって一体誰なんだろう。絶対に病院にいるお母さんじゃないよね。だって私のお母さんの話じゃ、隆くんのお母さんは二年前にベランダから落ちて頭を打ったって話よ。だからまだ意識が戻ってはいないらしいわ。なのにこの公園に現れるだなんて絶対にある訳がないのよ。お兄さんもそう思うわよね」
「まあ隆くんの母親が入院している病院を調べれば外出しているかどうかはわかるだろうけど、調べるまでもないかもな。なにせ隆くんの話を聞いてそのお母さんとやらが一体誰なのか、薄々解ったような気がするから。その事に気づいたからこそ美緒ちゃんも隆くんが出会っていた相手に恐怖したんだろ」
「ええ、隆くんが会っていたというお母さんは絶対に九尺様だわ。そうに違いないわ」
「九尺様、か。ならなぜ九尺様は隆くんと何度も接触しておきながら、彼を楽しい世界とやらに連れ去ろうとしないんだ?」
九尺様の意味不明な行動に恐怖する日ノ下美緒は怪異と関わりがある……かも知れない石井隆少年に得体の知れない不気味さを覚える。だがそんな少女とは対照的に考え方が違う伊勢間光義は、もしかしたら石井隆少年こそが、ほぼ無敵に近い九尺様を浄化し、いなくなった人々を救える鍵になるのではと本気で思うのだった。
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