16.追跡

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16.追跡

 16.追跡  耳を劈くような不気味な声が玄関の方角から響いて来る。古い床板を軋ませながら近づいて来る音に身震いする伊勢間光義は奥の部屋から急いで廊下を見ると、案の定そこには腹の底から無機質に笑う九尺様がゆっくりと近づく。 「まだ昼の十二時だというのに、なぜこんな真っ昼間から動き回る事ができるんだ。怪異の大半は、昼は力が鈍るんじゃなかったのかよ」  まるで獲物を追い詰めるかのように近づく九尺様の接近に光義は内心体が震え血の気が引く思いだったが、後ろで取り乱す日ノ下美緒を落ち着かせる為に敢えて強気な態度を見せる。 「大丈夫だから、たとえ目の前まで近づいて来たとしても手さえ延ばさなきゃ九尺様は直接人の体に触れる事はできない、それが九尺様が力を授かる上での絶対的なルールだ。その証拠に九尺様は人の体に無理矢理触って相手を消したりはしないだろ。おそらく九尺様の力は言霊の力を使って相手の体を操り、握手を求めて繋いだ相手をどこかへ消し去る能力だ。それ以外の攻撃方法はないはず、そうだろ」  体を震わせる日ノ下美緒を安心させようと話す伊勢間光義は、今度は九尺様の後ろに隠れている人物に向けて言う。 「そうだよな、木内さえさん、九尺様を操る神憑きにして、逆恨みで子供達を消し去る事を命令した悪意の元凶!」  勇ましく語る伊勢間光義の言葉に触発されたのか、途中で歩みを止める九尺様の背後から鬼の形相をした木内さえが姿を現す。  何をそんなに怒っているのかは分からないが木内さえは眉間に青い血管を浮かび上がらせると、血色の悪い唇をナワナワと振るわせる。 「あなたがどこの誰かは知らないけど、人の家に勝手に不法侵入までして、よくも私が密かに書いていた日記を盗み見てくれたわね。私の長年抱いていた心の闇を知ってしまった以上あなたをここから帰す訳には行かなくなったわ。本当は今日の夜に始末をするつもりだったけど、そこにいるクソガキの日ノ下美緒共々、今ここで九尺様の力であの世に送り届けてあげるわ!」  血走った目を剥き出しにし高らかに叫ぶ木内さえを見ていた伊勢間光義は、その視線を再び無機質な顔を覗かせる九尺様に向ける。 「九尺様……木内さえが書いたこの日記を読んで、一つ気になった事があるんだが聞いていいか」  伊勢間光義の質問に当然九尺様は何も答えないが、構わず話を続ける。 「この日記を読む限り、木内さえは子供達に激しい憎悪と恨みを持っていたようだな。けどある時期から力を手に入れた木内さえは九尺様に身勝手な願い事をする。小学校に関わる自分を馬鹿にした全ての子供達をこの世からあの世に消し去って欲しいという願いだ。その願いを……悪意をあんたに命令したから、あんたは子供達を襲っている。それで正しいか」  当然その問いにも九尺様は特に答える事はなかったが、ポポポポと低く鳴く消え入りそうな声が何かを語っているようにも感じられる。  そんな哀愁漂う九尺様の背後から木内さえの命令が飛ぶ。 「話はもういい、九尺様、あいつらをこの世から消してしまいなさい!」  再度与えられた指令に九尺様は再び動き出そうとするが、伊勢間光義が放つ次なる言葉に九尺様の歩みはまたも止まる。 「ならなんで、小学三年・石井隆は未だに消されていないんだ。九尺様、あなたはもう既に、この盲目の少年とは何度も会っているはずだ。そうだろ」 「石井隆、だれよ、それ。ああ、そういえばいたわね、視覚障害者の大人しい少年が。母親が意識不明で入院していると聞いたけど、その少年が一体なんだと言うの。その少年と九尺様があの公園で会っていただなんて、私は聞いてないんだけど」  なにか思う所があるのか完全に歩みを止めた九尺様は前髪の間からギラギラと光る瞳を光義と美緒に向けていたが、光義が放つ最後の質問に九尺様は聞き耳を立てる。 「母親の声を真似て石井隆に接近したようだが、あの盲目の少年を『幸せの世界』とやらには連れて行かなくていいのか、いいやなぜ連れていけないんだ。お前には握手をした人間を強制的に時空へと連れ去る力があると言うのに?」  力ある言葉に思わず後ずさる九尺様の思いを見た伊勢間光義は内心冷や冷やしていたが、その疑問は確信へと変わる。 「なるほど、そう言う事か。その取り込んだ力故の弱点か。これで九尺様の思いに繋がる概念は繋がった!」  両手で印を結び高らかに言うと、伊勢間光義は大きな声で暁の神の名を呼ぶ。 「天照大御神、天照大御神、天照大御神、我を守りたまえ。こい、暁の神・アマテル様!」  仏教では真言、神道では祝詞で神の名を三回唱えた事で道が繋がり、暁の神アマテル様がその神々しい姿を現す。  ついに肉眼でも見えるようになったアマテル様の神々しい姿に日ノ下美緒は気を失いそうなくらいに酷く驚き、呼び出す事に成功した光義は「ヨッシャ!」と思わず声を上げる。  そして木内さえに至ってはその予想だにしなかった展開に大いに焦り、体を大きくのけぞらせる。 「な、なんなのよ、そいつは? アマテル様ですって、そいつは神だとでも言うの。まさか九尺様と並ぶ同格の存在がこの世にいるだなんて驚きだわ」 「木内さえ、邪神様から貰ったとされる九尺様のご神体を大人しく渡すんだ。お前はその邪神様の思惑に操られて、ただ単に悪意を周りに振り撒いているだけだという事がまだ分からないのか。もうこれ以上、九尺様を悪用するな!」 「黙れ、邪神様に賜った、私の九尺様は無敵よ。私の復讐を成就させる為にも、あなたにはこの世から消えて貰うわ。九尺様、邪魔な神様もどきと、その背後にいる神憑きの男子学生を排除して仕舞いなさい!」  木内さえの焦りと怒りに応えるかのように九尺様は大きな雄叫びを上げる。 「ポポーーポポ、ポポーーポポポーーォォォ!」 「来る、九尺様が来る。アマテル様、俺たちを守ってくれ!」
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