5.お祓い

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5.お祓い

 5.お祓い  急遽高校を休み、高円寺神奈に言われるがまま彼女の実家の隣にある神明神社の境内の中に来ていた伊勢間光義は、本殿に入ると直ぐにお祓いを受ける。  因みに神明神社とは、天照大御神を主祭神とし、三重県伊勢市に伊勢神宮内宮を総本社とする神社である。神明社、神明宮、皇大神宮、天祖神社などともいい、通称として、お伊勢さんと呼ばれることが多いとの事だ。  そんな高名で歴史ある総本社から大昔に分霊された神社が、高円寺家が代々守る、高円寺・神明神社である。  冷や汗を搔きながらも装束狩衣を身にまといお祓いを執り行っているのはこの神社に遣える神主であり、神奈の父親でもある人物だ。  光義を見るなり険しい顔になった神奈の父親は直ぐに状況を理解し、そのまま祝詞を二時間ほど唱え続けていたが、状況が悪いのかかなり苦戦しているようだ。  そして、今に至る。  清めたまえ、祓いたまえ、とか言う、聞いてもよくわからない祝詞を長々と唱えていた神主だったが、張りつめていた声もついには止み、手に持つ(お祓い棒でもある)大麻(おおぬさ)をゆっくりと下げる。  これでお祓いは終わったはずだ?  だが神主の顔には明らかに疲労と諦めが見え、光義の脳裏に嫌な予感と恐怖が徐々に広がっていく。 (あれから救急車で運ばれていった元太は一体どうなったんだろうか、生きているんだろうか。そして同じく呪いを受けているはずの、浩一と加也子の安否は?)  迫りくる見えない謎の恐怖に打ちのめされながらも、光義は三人の無事を本気で願う。  思いも虚しく、結局お払いに来たのは光義一人だけで、ヤンチャ気質のある浩一は呪いなどは馬鹿らしいと強がり、引き続き高校の授業へと戻り。勝気な性格をしている加也子の方は、あまりのショッキングな出来事に気分を悪くし、早退後はそのまま病院に向かったとの事だ。  そんな経緯もありお祓いを拒否した二人の心配をしていた伊勢間光義だったが、祓いが上手くいかなかった事もあり、今度は素直に自分の心配をする。  古そうな床板に正座の姿勢で座る伊勢間光義は、お祓いでも呪いを祓えないという事実に体をガタガタと震わせていたが、冷静な態度で近づく高円寺神奈は、なぜお祓いが効かなかったのかを事細かく説明する。 「光義くん、まず君の近くに置いていた盛り塩なんだけど、まるで焼き焦げた炭のように黒く変色してしまったわ」 「そんな馬鹿な、盛り塩が黒く変色しただけではなく、物凄い悪臭も発しているぞ。こんな事が、こんな事が実際に起こるだなんて、信じられるか!」 「ならこれを見てもそんな事が言える」  数枚の護符を出した高円寺神奈は足が痺れて立ち上がれないでいる伊勢間光義の首に護符をかざしてみせるが、その瞬間かざされた数枚の護符がまるで醬油の液体で広がるかのように真っ黒に染め上げられていく。 「うっわああぁぁ、俺の首にお札を近づけただけで、白紙の綺麗なお札が一気に真っ黒くなった!」 「これがあなたにかけられている呪いよ。事の深刻さがようやく理解できたかしら」 「実際に見るまでは実感ができなかったが、こんな事が現実に起こるだなんて、もう信じるしかないな。自分で首を切った元太の件もあるし、早く浩一と加也子にもこの神社でお祓いを受けてもらわないと!」  緊迫した面持ちで言う伊勢間光義の言葉に、高円寺神奈が申し訳なさそうに言う。 「大変申し訳ないんだけど、この呪いはどうやら家の父の力では祓う事はできないみたい。力になれなくて本当にごめんなさい」 「そんな、じゃ俺は一体だれに助けをこえばいいんだ。どこでもいいからもっと力のある神主さんを紹介してくれよ!」 「無理よ、恐らくこの首切り坊主の呪いは人間の力ではどうすることもできないみたい。そう例えば神仏の力を直接借りて対峙でもしない限りは、とてもじゃないけど無理だと思う」 「神仏って、神様の力か。神道の神は力を貸してはくれないのか?」 「ある程度は力を化すけど、この地に降臨してまで神が来るとは思えないし、神降ろしのできる神主は私が知る限り、聞いた事はないわ」 「そこを何とか探し出してくれよ。イタコやユタといった拝み屋なら降ろせるんだろ」 「無理よ、人の意識を乗っ取り、そのまま死に追い込むほどの力を持った妖怪のような怪異に対抗できる神主は日本中どこを探したっていないと思う。神道の神も仏教の神仏も同じだとは思うけど、仏法や祝詞だけじゃ、あの妖怪は倒せないと言う事よ」 「お前、神仏の力を借りれば対抗できるって言ったじゃないか」 「だから直接首切り坊主の前に神様自身が降臨し現れたらという話よ」 「無茶苦茶な話だな。そんなの、一個人の普通の人間の為に直接神様が来てくれるはずないじゃないか」 「まあ、そうとも言い切れないんだけどね。この日本には多くの八百万の神がいるから。でもその神たちをこの世に体現させて直接怪異にぶつける事のできる術者なんてまずいないでしょ」 「確かに……」  気の抜けた返事で言葉を返す伊勢間光義に、高円寺神奈は活力ある大きな声で元気づける。 「落ち込んで立ってなにも変わらないわ。まずは首切り坊主が何者なのかを調べないといけないし、その呪いの源も探し出さないといけない。私も首切り坊主の事を色々と調べて置いてあげるから、今日はもう家に帰って部屋からは一切出ないことね。新しいお札と盛り塩、それに神聖なる地下水から汲み上げ手水舎で清められた神水をあげるから、それでなんとか明日の朝まで乗り切って頂戴。今夜乗り切る事が出来れば、明日の朝一番にあなたを、とある霊廟のある神山に連れていってあげるから、そこでお祓いが成功するまで何か月か山籠もりをしてもらうわ」 「何か月も山籠もりだってぇぇ、いやいや、さすがにそれは困るんだけど。因みにどこの県に行くつもりなんだ?」 「それは秘密よ。まあ神道の神に仕える神職の人達が修行をする神聖な霊山らしいから、効果は折り紙つきのはずよ!」 「いや、霊山になんか行きたくはないし、そんな所に何か月もお祓い三昧はさすがに遠慮したいんだけど」  お祓いが効かなかった事に責任と使命を感じたのか高円寺神奈は強力な呪いを解くために神主達の修行場でもある霊山に連れていくつもりのようだが、できれば町から離れたくはない伊勢間光義は、お札・盛り塩・神水を貰うと逃げるようにその場を後にするのだった。
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