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9.対話
9.対話
窓から外を見ると、もうすっかり日は地平線へと消え、代わりに不気味な闇と綺麗な星々が空を埋め尽くす。
カーテンを閉め、部屋中に貼ったお札が剝がれていないかを確認した光義は先ほど電話をした浩一の言葉に思いを巡らす。
(首切り坊主を迎え撃つか……それはさすがに自殺行為だろ。大体肉体の無い霊体を一体どうやって倒すと言うんだ。俺と会話をして気が大きくなっているのは分かるが、無茶な事だけはしないで欲しい!)
部屋の四方に盛り塩をセットすると時刻を見る。時刻は二十二時丁度。
思ったより時間の経過が速い事に気づいた光義はそれだけ緊張しているのだと冷静に自覚をするが、不安と恐怖はぬぐい切れない。
不安を募らせるのはお腹が空いているせいだと自分に言い聞かせると、持参したお茶とおにぎりを無理やり流し込む。
「ゴクゴク、モグモグ、パクパク、ゴクリ。おにぎりは旨いし、お茶の水分が体中に染み渡る。生き返ったぜ!」
無理やりに食べた遅めの夕食が功を制したのかは知らないが、胃に食べ物を入れた事で活気が戻り、心を支配していた不安や恐怖が少しだけ弱まる。
「浩一の奴、大丈夫だろうか。まあ、お札もあるみたいだし一晩くらいは大丈夫か。浩一や加也子のことも気になるが、まずは自分の心配をしないとな」
自分を鼓舞するかのように思いを口にする光義だったが、ブレーカーが落ちたのか突然家中の電気が一気に消える。
「だ、大丈夫、落ち着け、大丈夫だ。家の電気が消えただけだ。その証拠に他の家の電気は消えてはいないみたいだから、恐らくは停電じゃないだろう。今問題なのはこのハプニングに吞まれて外に出てしまう事だ。もしもこの停電が首切り坊主の罠だったら、お札や粗塩の結界で守られている家の中から外に出るのは非常に危険だ。一応五助爺さんと妹の紀保子には事情は説明してあるから、なにが起こっても外にはでないはずだ。だから何とかしてこの局面を乗り越えて朝を迎えてやる!」
残りのお札を握り締めると光義は勇気を震え立たせる。だがそんな伊勢間家に向けて、外の方から聞き覚えのあるかすれた声が徐々に聞こえて来る。
『嘆きの夜に歩ければ、首切り坊主がやって来る。恨みを込めて願わくば、首切り坊主が鎌を出す。恐怖と不安にかられれば、首切り坊主に悟られる。姿を隠し逃げれども、首切り坊主は追ってくる。何処へ逃げども歩み寄り、呪いの成就に乱舞する。首切り坊主がやって来る。幾度も幾度も現れて、その首よこせとやって来る。命をよこせとやって来る!』
「この民謡のようなかすれた歌は、まさか、首切り坊主か。ついにこの家にも来たと言う事か。神社では、祝詞は駄目だったから、今度はお経だ。経文を唱えて首切り坊主を追い払ってやる。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経!」
光義は首切り坊主の歌に対抗するかのように仏壇にあった経文を手に取ると必死に読み上げるが、効果のほどはよく分からない。
だが超常現象が起きているのか家中が大きく揺れ、部屋の窓ガラスがカタカタと激しい音を響かせる。
「くそぉぉ、浩一の奴は一体どうなった。首切り坊主は浩一の家を諦めたのか? まさか俺の家の方に来て、どうにかして家の中に入って来ようとしているのか。ならどうにかして阻止しないとな!」
電気が消え部屋の中が見えなくなった事で、急ぎ懐中電灯を取り出し部屋の中を照らすが、外から窓ガラスを叩く奇怪な音は激しさを増す一方だ。
カーテンを閉めてあるので外にいると首切り坊主の姿は見えないが、窓ガラスが叩かれる度に部屋中の壁に貼ったお札は徐々に黒ずみ、まるで熱風を当て徐々に焦げ目を作るかのように色を変色させていく。
「うっわああぁぁ、部屋中に貼ったお札が……部屋の四方に置いた盛り塩が……みんな黒く変色していく!」
あまりの出来事に光義は部屋から逃げ出そうとするが、外から叫ぶ『止まれ』の一言に、光義の体はその場で固まる。
「なんだ、昨夜と同じように立ったまま金縛りか。まさか首切り坊主の仕業か。俺を金縛りにかける力といい、元太を自殺に追い込む力といい、奴は言霊を操るのかもしれない。これじゃ逃げる事も、ましてや反撃することもできない。一体どうしたらいいんだ!」
お札や盛り塩が黒く変色した事で本来の効力が無くなり、結界が破れつつあるようだ。
その証拠に首切り坊主は手持ちの片手鎌の刃先を窓ガラスに押し当て這わせると、擦れる音を楽しむ。
キリキリキリーーカリカリカリーーギッシギッシギッシーーギッシン!
外から窓ガラスを引っ搔く音に底知れぬ恐怖を覚える光義はいつ窓ガラスが割られるのかを非常に警戒したが、まだ窓ガラスを叩き割れる力がないのか、引っ搔く音はその場でピタリと止まる。
(なんだ、急に音がなくなったぞ。部屋の中が暗い上にカーテンと窓ガラスも閉まってあるから外の様子は全くわからないが、首切り坊主は一体何をしているんだ?)
あまりにも静かな為に首切り坊主は光義の命を諦め、次のターゲットでもある加也子の家にでも行ったのかと思われたが、その考えは軽率だった事に気付く。
なぜならまだ邪悪な気配は外から流れており、光義にかけられている金縛りが一向に解けないからだ。
(くそおぉぉぉぉ、首切り坊主の奴、窓ガラスの前で息を殺して俺の様子を伺っているようだな。俺が油断して窓ガラスを開けることを期待していると言う事か。くそおおぉ、いい加減に動け、動けよ、俺の体よ!)
なんとか金縛りを解こうともがく光義に向けて、窓ガラスの外にいる首切り坊主がかすれた声で話し出す。
「なんだ、油断して窓ガラスを開けないのか」
(え、この金縛りは首切り坊主の仕業じゃないのか?)
疑心暗鬼となる光義に、首切り坊主は挑発めいた事をいう。
「また随分と警戒されているようだ。このままジワジワと追い詰めて、絶望した時にサクッと首を切断するつもりだったが、もう面倒じゃから、このまま窓ガラスを割らせてもらうぞ!」
窓ガラスを割るという首切り坊主の言葉に内心絶望する光義だったが、体を持たない霊体にそんな事は絶対に出来ないと自分に言い聞かせる。
「お前にそんな事ができる物か。はったりだ、はったりに決まっている!」
「クク、口だけではない事をお前に教えてやる!」
邪悪に満ちた顔で言葉を返すと、首切り坊主は簡単に窓ガラスを割り、部屋の中へと入って来る。
パッリィィン、ガシャバラ!
「ひぃぃぃぃぃ、窓ガラスが割れたぁぁ。首切り坊主が部屋の中へと入って来るぅぅ!」
「クククク、では若いの、その首、もらい受けるぞ。手に持つハサミで、自分の首を搔き切れぇぇ!」
(うっわああぁぁ、殺される。俺も元太と同じように奴の暗示にかかって、喉をハサミで切り裂いて自殺してしまう!)
高らかに言霊を叫んだ首切り坊主だったが、その言葉を最後に首切り坊主はなぜかそこから動こうとしない。それどころか言葉を掛けて来る様子もないようだ。
「小僧、何をした。この部屋に何を招き入れた?」
何を警戒しているのか、首切り坊主は机の上にある美少女フィギュアに視線を向けると、まるで怯えたような声で言葉を発する。
その瞬間金縛り状態にあった光義の体が急に動きだし、バランスを崩した両脚はそのまま尻餅を突くような形で床へと崩れ落ちる。
ドサリ!
「い、痛い!」
光義が床へと座り込んだタイミングで部屋の電気が一気につき、光義が持つスマートフォンからはうら若い女性の声が大音量で響く。
「首切り坊主よ、この家の者に危害を加える事は私が許しません。消滅させられたくないのなら、大人しくこの場から立ち去りなさい!」
ズボンのポケットの中をまさぐってみるとその声の発信源は光義の持つスマートフォンからである事がついにわかる。
まるで女子高生のような可愛らしい声に光義は「え、だれ?」というような顔でびっくりしていたが、その思いを代弁するかのように首切り坊主は悔しそうに言葉をかける。
「その神々しい神気は、太陽神の神気、そうかお前は天津神に属する神か!」
スマホから流れてくる声と、机の上に置いてあるフィギュアを見比べていた首切り坊主だったが、その邪悪な顔を伊勢間光義に向ける。
「そうか、お前は『神憑き』だったか。あの方の言っていた通りだ。面白い、ワシと同じようにこの世に干渉できる力があるというのなら、その力を見せてもらうぞ。して天津神の神よ、その名を聞かせてくれぬか」
名を明かせと叫ぶ首切り坊主の呼びかけに、スマホから流れ出る声は少し恥ずかしそうにしているようだったが、覚悟を決めたのか大きな声で高らかに叫ぶ。
「私は、高天原の太陽神が持つ、八咫の鏡の欠片から生まれた、新たな天津神の神、その名は『暁のアマテル』です。覚えて起きなさい!」
誇らしげに叫ぶ暁の神の口上たる名乗りだったが、名前を聞いた首切り坊主は首を傾げると怪訝に満ちた顔で呟く。
「暁の神、アマテルだとう……そんな神、見た事も聞いた事もないんだが。まさか最近生まれた新人の神か?」
「う、うるさい、私は強いんだからね。本当なんだから!」
子供かと、光義はついツッコミを入れたくなる。
「フフフフ、まあいい、では暁の神とやら、次に会った時は、お前のその力、見事喰らってやるわ。そして神憑きの少年よ、その時は改めてお前の首、貰い受ける。最初は名のある神かも知れないとかなり警戒もしたが、どうやら怖がる必要はないようだ」
「なんですってぇ、悪霊か妖怪の類らしいけど、雑魚の癖に生意気、今すぐ首を垂れて、私に謝りなさい!」
「不完全な神など、ワシの敵ではないわ!」
「ふざけんな、この生臭坊主。私の上司に訴えるからね!」
スマホから聞こえて来る声になんだか聞き覚えがあったが、首切り坊主とのやりとりを聞いていた光義はこの神様は本当に大丈夫なのかと本気で心配するのだった。
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