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「宇大くん、ごめんっ!」
閉店後、バックヤードで帰り支度をしていた俺に、バスルームでシャワーを浴びた真夜が両手を合わせてきた。
「どうした?」
「今日は俺、宇大くんの家に行けそうにないや……」
沈痛な面持ちでそう告げた真夜は、ブラウンのカラーコンタクトが入った儚げな瞳を伏せて見せた。
「何かあったのか? アフターか?」
「いや、昨日も言ったけど俺はアフターはしないよ。ただ、ちょっと……」
(何だろう。腹が立つのは。あんなに熱心に俺に纏わりついて……それで昨日の今日で俺はこんなに心配していると言うのに他所に用事か)
手前勝手なのはわかっている。
むしろ真夜のことをどう遠ざけようかとずっと考えていた俺が、今はどうにかして真夜の寂しさを埋めてやりたいと思っているのに、俺より優先する用事があるのか。
もしかして他の男か、マネージャーとかオーナーか?なんて想像したらいっそイライラするのは何故だろう。
「そうか……。まぁ、俺も真夜の誘惑には困っていたところだからな。好きにすればいい」
我ながら子供っぽいことに突き放すような声音になってしまうと、真夜は一瞬酷く傷ついた顔を見せるから――。
(しまった……。何やってんだ俺。真夜が弱みを見せたせいでつい心配に……なんて言いながら、自分の感情を押し付けるようなことをして……)
「うん……。ごめん。宇大くん。明日は……泊りに行ってもいい?」
何か必死にご機嫌を取るような真夜の態度が何だか心配で、一体これから何の用があるというんだろう。
俺は「ああ。気にするな。じゃあ俺は帰る。また明日」とだけ告げて真夜の肩に手を置いた。
バックヤードを出て従業員専用の裏出入口まで向かったのだけれど、どうにも真夜の様子が気になってしまって。
俺は出口を出てすぐそばにある電柱の陰に隠れて(なんだか悪趣味極まりないが……)真夜が出てくるのを待った。
やがて出て来た真夜はオーナーの九条さんに肩を抱かれてキラキラした笑顔を向けながら胸に縋るようにして出て来た。
二人はそのままタクシーに乗ってネオン街に消えていく。
そう言えば、『オーナーとの関係は黙秘させて頂きます』と真夜が言っていたが、やはり九条さんの愛人という噂は嘘じゃないのかもしれない。
――なんだ、慰めてくれる奴いるんだな。
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