悪漢執事と盗癖令嬢

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「あのう、執事様。ご相談をさせていただいても……よろしいでしょうか」  仕事上がりで着替えて帰るばかりだった女使用人(メイド)が訝しげな表情で老執事に歩み寄ってきた。 「ふむ、どうなさいました」 「更衣室の私物箱(ロッカー)のなかに、銅貨が一枚入っていたのです。財布から転がり落ちたのかとも思ったのですがどうも違うようで」  子供の小遣いにも満たぬ額面とはいえ身に覚えのない金銭が私的な荷物を入れる場所にある。もともと私物箱(ロッカー)に鍵は無いので可否に限れば容易(たやす)かろうが、被害者としてはあまり気持ちのいい体験ではあるまい。  彼は困ったように白いちょび髭を捻る。 「実は他の者からも似たような報告を受けておりましてな」 「なんと、本当ですか」 「ええ、ええ。ところで失われた私物があったりはなさいませんか」 「それはまあ、はい。特には」  この屋敷では暫く前に使用人たちの私物が立て続けに紛失される謎の事件が起きていた。そのとき失われた品々は結局いつの()にやら持ち主の元へと戻っていたのだが、以来どうにも使用人たちの私物周りに関する神経の尖り具合が少々繊細だ。  当然と言えば当然ではある。己の私物が無くなったり己の管轄する空間に見知らぬものがあって気持ちのいい者などあるまい。 「恐らく、以前みなの私物を隠した妖精かなにかが詫びに小銭を置いていったのでしょう。気にせず財布に入れておきなさい。もしあとから揉めるようであれば私が仲裁して必要なら弁済もしますので」  などと(うそぶ)いてどうにか銅貨を受け取った女使用人(メイド)を帰宅させた老執事は渋い顔で眉間を揉んだ。  犯人は既に承知している。それは先の連続紛失事件の犯人でもあり、その人物に「忍び込んだ先に銅貨の一枚も置いて証明とすればいい」と、そう諭したのは他ならぬ自分自身だからだ。とはいえこの異常な頻度はもはや大きな屋敷のなかですら銅貨の洗礼を受けていない者を探すのが難しい有様だ。 「ったく猿みてえにヤりまくりやがってクソガキが……」  老執事は人知れず口汚い呟きとともに深い溜息を吐いた。
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