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翌日、老執事は犯人の部屋を訪れた。扉を叩いて名乗り、部屋の主の許可を得て扉を開き一礼する。
「少々お時間を頂きたいのですが宜しいでしょうか、お嬢様」
出迎えたのは彼が仕える騎士の一人娘だった。今年でようやく十歳になったばかりのお嬢様。
「あら爺や、長いお話かしら」
愛らしく小首を傾げれば美しく長い金髪がさらりと流れる。
「ええ、多少は。いかがでございますか?」
「わかりました。爺やが改まって言ってくるほどのことですもの」
老執事は扉を閉めるといつものように彼女の傍らに立つ。部屋の中にはふたりだけ。他の男使用人であればこうはいかないが、屋敷内における彼の信頼はそれだけ大きなものだった。
「ずいぶんとお楽しみのご様子ですが、少々頻度が過ぎはなさいませんか」
やんわりと、しかし明らかに咎めを孕んだ言葉に具体的な内容は含まれなかったが、聡い少女は彼がなにを言っているのか過たず理解した。
「あら、でも誰にも迷惑はかけていないでしょう?」
花のような微笑みで答える彼女こそが、このささやかな事件の犯人にして屋敷の主である騎士の一人娘、ガーベラ・フォン・ガーデンフィールドだった。
そして騎士の娘でありながら期せずして目覚めてしまった類い稀なる窃盗者の才覚を、決して暴走せぬよう、しかし無下に摘んでしまわぬよう導き育てたのはこの老執事に他ならない。
彼は他ならぬ自分に迷惑がかかっているという類いの言葉をぐっと飲み込んで首を横に振る。
「誰ぞの私物箱に銅貨が一枚置かれているだけの事案であっても、こうも頻発してはみなが不安がります。その声が大きくなればあるいは旦那様の耳にも入りかねません」
それを聞いたガーベラは、まだ幼さの色濃く残る顔に眉根をよせた。
もしそうなればなにもかもお終いだ。同僚の騎士どころか平民たちの間ですら“無慈悲なる”との二つ名で知られる堅物の父親は、こんな犯罪ごっこを絶対に許しはするまい。
「でもね爺や、こんなことを言っては、あなたをもっと困らせてしまうに違いないのだけれども」
声色ばかりは申し訳なさそうなその前振りの時点で既に老執事は心のなかで自覚あるならやめてくれとぼやいたが口には出さない。それより恐ろしい続きを既に想像してしまったからだ。
「私はもうこの程度では物足りません。もっと困難なところへ赴きもっと困難なものを手に入れたい。その気持ちが抑えられないのです」
しかしてその小さな口から放たれた続きの言葉はまったくの想像通りであって、老執事は頭痛を堪えるように眉間を揉む。
わかり切った展開ではあった。若い才覚が小さな庭で現状維持など満足など出来ようはずもない。
次の段階に進んでもいい、いや、進まざるをえない。
もはやいつその衝動を御し切れず過ちを犯すとも限らない。ならばそのとき下手な結果にならないよう今から仕込んでおく必要がある。新たな知識や技術を身に付ければそれだけ実践してみたくなるのも人情だとわかってはいたが、おそらくは早いか遅いかの違いでしかないというのが老執事の正直な見解だった。
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