悪漢執事と盗癖令嬢

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「よろしい、それではお嬢様。私が少しばかりお相手して差し上げましょう」 「爺やが?」  老執事は頷いて懐から一本の万年筆を取り出す。それは以前の連続紛失事件で失われた使用人の私物のひとつであり、彼女からの返却が無かったため彼自身が手ずから取り戻した因縁の品でもあった。 「この万年筆を私の執務室の机に隠しますので、お嬢様はそれを盗み出す、というのはいかがでしょう」  ガーベラはしばし思案の表情を浮かべて「それだけ?」と返して来た。 「物足りませんか」 「ええ、そうね。その、爺やには失礼かもしれないのだけれど、ずいぶんと簡単そうだわ」  なるほど久しく困難から遠ざかっていた若き才能は少々調子に乗っているようだ。老執事は深々と溜息を吐いて続ける。 「然様でございますね。では条件を設けましょう」 「条件?」 「私の部屋への侵入やその失敗が私の耳に入る、もしくは侵入の痕跡を私が発見する。そのどちらかが合わせて七度に及んだ場合、この一連の件について旦那様にご報告させていただきます」 「ええっ!? どうして急に、そんな」  彼女が自ら始めたとはいえ、その手ほどきをしたのは他ならぬ彼自身でもある。困惑する少女に別人の如く冷徹な悪漢の眼差しを向け、しかしまだ(かろ)うじて言葉だけは慇懃に答える。 「お嬢様の盗みは貧しい者が生きる為にするそれとは趣きが異なります。地位にも富にも不足ない者が(たの)しみだけを理由に盗むなど到底許されることではありますまい。万が一表沙汰になれば御父上である旦那様、そして奥方様にまでも(るい)が及びましょう」 「そ、それは……」  確かにそのような事態に陥れば騎士家令嬢としてだけでなく、一族郎党が政治的な致命傷を負う。それは十歳のガーベラであっても十分に理解出来ていた。 「しかしそれは当然に私の望むところではございません。ゆえに、お嬢様に私が認めるだけの覚悟と、それに見合った力量があるのかどうか、見させていただきます」  十分に因果を含めたと判断した老執事はにやりと老獪な笑みを浮かべる。 「よもや否とは言われませんでしょうなお嬢様。ずいぶんと簡単だとおっしゃっておられたほどなのですから」
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