悪漢執事と盗癖令嬢

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 あれから十日ほど、驚異的な速度で老執事の置いていった玩具(課題)をすべて解き伏せ身に付けたガーベラは改めて彼の執務室へと挑んだ。  滑らかな手付きで錠前を破り誰の視線も浴びないうちに室内へと滑り込む。老執事は自室は自ら清掃するとの理由で女使用人(メイド)を遠ざけており、基本的にこの部屋を訪れる者は皆無だ。  しかし部屋の前を通る者まで含めればその限りではないので大きな音を立てるわけにはいかず、老執事も定期的に休憩のため部屋へ戻るのでそれほど長い時間も費やせない。  とはいえ、考えてみれば許された時間の(あいだ)で偵察し放題なのだ。これはもう勝ったも同然では? そう思いながら下調べをして自室へと戻ったガーベラだったが、その考えの甘さは同夕刻、即座に打ち砕かれた。 「お嬢様、本日私の部屋へ入られましたね」 「ふぇあ!? そ、んな、こ、と……」  きょどるガーベラに老執事は肩を竦める。 「」 「あっ」  ガーベラは自ら開けた鍵を帰りに閉めるという行為を忘れたのだ。鍵という文化そのものに疎い彼女らしい過ちだった。 「これで二度。あと五度ですな」 「え、まだ一度目じゃ」 「いいえ、一度目はお嬢様が自ら告白なさいましたでしょう。“鍵が掛かっていた”と」 「っ……で、でも、それは……」  厳密な条件はなんだったろうか。今更焦ったところで即座の反論が出来なければ意味が無い。そして、そういった不満が出るのも老執事の想定内だ。 「まあ納得できないところもございましょうな。故に私もあの日は玩具(おもちゃ)をお持ちした次第です。開けたら閉める。痕跡を残さぬ盗みを目指されるならば一事が万事それでございますよ」 「……はい、気を付けます」  ガーベラは屈辱にくちびるを噛みしめるよりほかなかった。  しかし、さすがはこの老執事がその才覚を認めたる神童ガーベラ。そこからの手練手管たるや尋常ではなかった。  きっかり決まった時間のうちに扉の錠を破って潜入し執務机を物色し都度引き出しを開けて中身を確認しては絨毯の足あとまでも消して退室する。  侵入者がいるという前提で熟練の老執事が隅々まで見ればまったくなんの痕跡も無いとまではいかなかったが、彼をもってしても具体的な指摘は難しいほどに、彼女の技術は高まった。  もはやガーベラが万年筆を盗み出すのも時間の問題だろうと思われた。
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