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そんなある日、老執事は本来の主である騎士の呼び出しを受けた。
「まあ座れ」
ひと払いされた応接室、勧められるまま騎士の向かいの長椅子に腰掛けると、彼は煙草の細巻きを銜えて火を付け「お前も一本どうだ」と老執事にも勧めた。
これはふたりの間で取り決められた、この場に限り腹を割って話そうという秘密の符丁。
「それでは失礼致します」
老執事は慇懃に一礼して受け取った細巻きに火を付けると、打って変わって別人のように横柄な態度で長椅子にもたれ掛かって盛大に煙を吐きだした。
「ったく、聞きたくねえ話を聞かされそうだなオイ」
「それはこっちの台詞だ。私の娘となにをしている」
今だけはふたりの男に上下は無い。老執事は眉根を寄せて頭が痛そうに言葉を吐き出す。
「察しがいいな。教育だよ教育。お前の娘は、残念ながら俺が認めるほどの類い稀な窃盗の才覚があり、本人もそれを自覚してる」
「……まさか。私の娘だぞ」
屋敷の主であるこの男は、街で最も恐れられ最も融通が利かないと言われる騎士だ。その娘に、よりにもよって盗癖があるなど醜聞にも程がある。
「信じられねえのは俺もおなじだよ。他の誰でもねえお前の娘がなあ。だが、気付いたときにはもう手遅れだった。あのガキは使用人のどうでもいい私物を盗む遊びを始めてやがったんだ」
「そうか。では致し方なし」
ふたりの男が同時に立ち上がり、その場に尋常ならざる緊張感がみなぎる。
「悪いが今は俺が嬢ちゃんと遊んでんだ。割り込みは許さねえぜ若造」
「私は遊んでなどいない。家名の有事は私たち家族だけの問題ではない」
騎士は場合によってはその地位を剥奪され平民へと落とされうる。そうすれば領地も失い職業騎士としての職位も剥奪され、相応の収入が無ければ使用人たちも解雇せざるを得なくなり、つまりは失業者を生む。
それは結果として忠誠を誓い尽くす領への損失だ。
目の届く範囲の責任を全うするにあたり、家の主たる彼の判断は至極真っ当と言える。
「妻子が出来ても石頭は変わらねえか“無慈悲なる”ザルベイル。だが言っておくぜ、血族を蔑ろにするな。それがお前の愛する者なら尚更にだ。お前はまたおなじ轍を踏もうとしているぞ」
「……っ!」
かつてふたりがまだ出会ったばかりのころ、ザルベイルは己の杓子定規な頑なさが原因で人望を損ない命までも落としかけた。それを救ったのが当時対立していたはずの老執事だった。
紆余曲折があり今でこそ主従の関係だが、私的な場面では今でも即座にその上下が逆転する。百戦錬磨の老執事には敵う気がしなかった。
「しっかり仕込んで近いうちにお前にも見せてやるよ、法に縛られなければお前の娘がどれだけ羽ばたけるのかを。判断はそれからでも遅くはねえだろ?」
「……」
「それに、心配すんなって。お前のお目にかけられねえ程度の才能しかねえんならよお。そんときは、ちゃあんとそうやって報告すっからよ」
含みのある言い方に、騎士はただ、静かにひとつ頷いた。
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