悪漢執事と盗癖令嬢

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 そんな大人のやりとりなど知らないままにガーベラは幾度となく老執事の執務室へ侵入し、追加で二度にわたる指摘を受けつつもついに己なりの確信をもって、再び老執事を自室へと呼びだした。 「お呼びでございましょうかお嬢様」 「爺や、この問いが五度目ってことになるのを承知で言いたいのだけれど」 「なんなりと、お嬢様」 「あなたの執務机に万年筆、無いじゃない」  彼女は彼の執務机の全ての引き出しをあけ、全ての中身をひっくり返して確認した。引き出しの書類の奥に隠してあるのではなどという小細工もあり得ないほど念入りにだ。 「然様なことはございませんよ。お嬢様との約束を違えたりは致しませんとも。ただし、もちろん見ればわかる、そのようなところに隠したりは致しませんので、念入りにお探しくださいませ」  ガーベラは納得出来なかったが、さりとて師とも言える老執事が嘘を吐いてまでこの勝負で自分を陥れるとも思えなかった。  どこだ、どこにある。  万全を期しての行動とはいえ、ひとに見られてはならないという緊張感。そしていくら探しても見つからない焦燥感。  癇癪を起すことなく、ガーベラは辛抱強く老執事の執務室を出入りした。  老執事は少女の残滓に気付いていたものの、今求める技量を鑑みれば指摘には至らないと黙認する。  少女には失敗すれば親に話すと脅しながら、察した親には黙って見ていろという二律背反を犯す。それでも、いや、だからこそ、老執事もまた理想を、少女の完全な勝利を期待していた。  もう何度忍び込んだか。  施錠された扉を何事もないように容易く開き、絨毯に残る歪みや足あとを最小限に止めるため裸足を滑らせて執務机に飛び乗る。  いつものように引き出しをひとつずつ開けようと思ったところで、ふと机の上に置いてある筆入れが目に入った。  この筆入れは部屋に入ったばかりのとき、一番最初に確認済であり、彼の万年筆は入っていない。いなかった。  そのはずだ。  しかし特に根拠のない直感が静まらない。念のため、あくまで念のためと自分に言い聞かせながら筆入れを手にして再度中身を確認する。  中身を丁寧に机に並べて一瞥する。やはり目的の万年筆は無い。いや、本当にそうか?  奇妙な違和感が拭えない。なにか、なにか引っ掛かる。 「あっ!」  わかってしまえばそれは酷く単純な仕掛けだった。そのなかに一本だけ紛れ込んでいた妙に太い筆。手に取ってじっくり見ると奇妙な断面がある。そっと爪を押し込むと、それは驚くほど簡単にふたつに割れ、中から老執事の万年筆が現れた。  最初につまづいた鍵に囚われ過ぎていたのだろう。引き出しのなかに気を取られ過ぎて机の上にあるものについては確かにじっくりと見ていなかった。完全に見落としていた。見た目のほうを偽るとは老執事も意地の悪いことをする。  成し遂げた歓喜が極まったその瞬間、背後の扉が開いた。 「いけませんなお嬢様、机の上に乗るなどはしたない」  しまった、と思ったがもう遅い。たしかに老執事が業務で部屋へ戻って来る時間だ。一瞬だけ思案したガーベラは腹を括って机の上で令嬢らしからぬ座り込みを見せた。 「私にお行儀を説くなんてずいぶんと悠長なんじゃないかしら。それより爺やの万年筆、見つけたわよ」 「そのようでございますな。それで、この状況はどうなさいますので?」  じりりと間合いを詰める老執事に対して、ガーベラは歳に不相応な悪い笑みを浮かべた。 「別に? どうもしないわ爺や」
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