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冬だというのに足元が心許ない。タイツなんて小学校の入学式以来に履いた。生足なんてもっと無理だが、タイツもタイツで恥ずかしい。
「お父さんの足も細くて綺麗だから問題ないよ」
優月はそう言って送り出したが、周りの視線がどうしようもなく気になる。優月は私が可愛いからだとか言ったわけだが、いい中年が女装して何してんだ? って視線じゃなかろうか?
待ち合わせ場所は公園の噴水。デートで決まっている行き場所は、コスメ売り場とスイーツショップだとか。あとはあきちゃんに任せてと優月は言っていた。めちゃくちゃ不安だ。何なら人生で最大に不安だ。老後の心配より今日の心配のほうが遥かに勝る。というか今更だが、私何やってんの?
「お嬢さん、待ち合わせですか?」
噴水の前でボーっとしていたらスーツ姿のおじさんに声をかけられた。私もおじさんだが。
「ええ、デートでして」
「あらぁこんな可愛い子待たせて罪な男だねぇ。来るまでおじさんに付き合ってくれない? ハスキーな声のお嬢さん」
私の声、ハスキーなのか。男性なのに声高めな自覚はあったが女装するとそういう評価になるのか。
「パートナーに悪いので」
あきちゃんにというより妻に申し訳ない気持ちのほうが強い。多分これナンパだよな? 私は人生で一度もナンパした経験もされた経験もないから、この対応で合ってるか分からないが。
「そう言わずにさぁ」
こいつ本当しつこいな。こういう場合はどうすればいいのだろう?
「優月、何やってんの?」
可愛らしい声がして、そちらを向くとそこには可愛らしいお嬢さんがいた。服装の趣味は優月に似ている。
「えと……」
「僕とデートの約束なのに、なんでナンパ撃退できないの?」
おそらく、あきちゃんだ。あきちゃんは僕っ娘なのか。
「おじさん、他あたってね。優月は僕のだから」
あきちゃんは私の手をぐいぐい引いて公園の外に出て盛大にため息を吐いた。
「怖かったぁ。優月、駄目だよ。あんなの相手にしちゃ。優月は可愛いんだから隙を見せちゃ駄目!」
私が優月のニセモノだということをあきちゃんは分からないらしい。パートナーの見分けがつかないのか。少しばかり不安になる。
「わた、僕が悪かったよ。ごめんね」
普段の優月の物言いを真似てみる。しかし優月は女の子の格好で女の子とデートをしているのか。
「男は可愛くても女の子を守らないとね」
「優月、何言ってんの? 僕、男の子じゃん。なんかのギャグ?」
「え……、そう! そう、お父さんがよく言うんだ!」
お父さんは私だが、そんなことを言った記憶はない。つまり捏造だ。どうしよう? パートナーの性別間違えるとか有り得ない……。てか優月の恋愛対象は男性なのか。
「男は可愛くてもパートナー守らなきゃだったかな?」
あきちゃんは私の目をじっと見つめてくる。
「今日の優月、なんか変だね。デートやめる?」
「問題ないから!」
それができるんだったらこんなことになってないっつうの!
「じゃ行こっか」
あきちゃんは私の手を引いて歩き出す。手の感触は柔らかいが確かに男の子の手だ。優月とは今でも手を繋いで歩くことがあるからよく分かる。
「あ……、あきちゃん、歩くの速いね……」
話題が見つけられずそんな口を叩いてしまう。
「まぁ男の子だし、スタイル維持のために運動もしてるし。明彦って名前だけはどうしようもないけどさ可愛くいたいけど弱くいたい訳じゃないから」
あきちゃんは明彦というのか。見た目と名前でここまで違うと優月に優月と名付けた私を私は褒めたい。あきちゃんのご両親はいたたまれなかったりするんだろうか?
最初に訪れた百貨店のコスメ売り場。私にはあきちゃんの言うことがほとんど呪文にしか聞こえず次のスイーツショップに行った時点でコスメ売り場の記憶はない。
「優月、やっぱり調子悪いの?」
あきちゃんはクレープを手にもう片方の手で私のおでこを触る。
「いや。問題ないよ。あきちゃんが可愛すぎてちょっと戸惑っただけだから。こんなに可愛かったら男の子でも惚れちゃうよね!」
私は……私は一体何を言っているんだろう? 辻褄合わせにしても他の話題がありそうなのに。
「本当、優月、今日、変だね。言ってたじゃん? 好きに男とか女とか関係ないって。どっちであっても好きな人に好きを伝えることが大事なんだって。男女なんて優月、今までそんなこと言わなかったじゃん?」
「優月が……」
「うん優月が」
私はハッとして愛想笑いをする。
「そうだったね! そうだった!」
優月は私が思っている以上に成長しているようだ。見た目が小さくて可愛いから強くないと見てしまっていたのは偏見だ。ちゃんと強い。優月は性別でも見た目でも人を判断しない。それを知れただけでも今日来て良かったかも知れない。
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