天才若手建築家

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「心音聴くのでシャツの中に聴診器入れさせて頂きますね」 ジャケットを脱ぎ、カッターシャツとスラックスの姿になった男性。 スラックスの中に入れたシャツを出して貰い、『失礼します』と聴診器をシャツの中に入れる。 捲し上げる際に1cmの赤い傷跡が目に入った。 3cmぐらい深い刺し傷を負ったのもあり、完治に時間がかかると思う。 跡が残っても仕方がない。 「心臓の音も肺の音もきれいですよ。ちょっと失礼しますね」 頚部、鎖骨上窩のリンパ節や甲状腺に腫れがないか、浮腫がないか触診する。 「問題ないです。終わりました」 平常心を保ち至近距離で向き合っていたら、彼の方が目を見開き赤面した。 若い女医の診察に照れる男性はいる。 モテて女性慣れしてそうなのに、天才若手建築家の初瀬結翔は恥ずかしそうにしていた。 「あの……、あの時のお礼をしたいので連絡してもいいですか?」 律儀に恩を返そうとしてくる。 身なりからお金には困っていなさそう。 「気にしないでいいですよ」 「実は……まだ、少し痛むので診察して欲しいんです」 体内にカッターナイフのカケラが残っているはずはないが、もしもがある。 「わかりました。LINEにメッセージ下さい、返信しますので。では、お疲れ様でした」 秘密裏に診療した責任がある。 最後まで治療しないといけないから、会う約束をしてしまった。
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