第一幕 1話○Melia

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第一幕 1話○Melia

「おめでとうございます、メリア・ランカストレ・ド・クロネリア王女殿下。本日で、姫様はめでたく十歳をお迎えになられました」  爽やかな風そよぎ、燦々たる太陽の光降り注ぐ初夏の早朝。  絢爛かつ瀟洒な寝室の扉を開け放った王宮家令マリガリタは「おはようございます」という朝の挨拶に続けてそう言った。壮年の女性らしい張りのある声が、広々とした空間に響き渡る。  しかしながら、それに対する応答はなかった。  マルガリタは入口付近で一拍、二拍待つと、後ろに控える侍女たちに待機を命じる。そして部屋まで進むと、そこにあるベッドの煌びやかな天蓋を、ためらいなくしゃっと開け放った。  すると中では、世にも麗しい羞花閉月の少女が心地よさそうに眠っていた。  奔放に投げ出された健康的で白桃色の細い手脚。艶やかなリネンのネグリジェに包まれた華奢な身体。真っ白いシーツの上に柔らかく沈む、宝石のような真紅の髪。  それらが差し込んだ光に反応してわずかに動く。滑らかな頬。整った鼻筋。長い睫毛に縁取られた二重の瞼。ゆっくりと重たげに開くその瞼の下には、未だ半覚醒のチョコレートアイ。 「……ん?」  彼女こそ、ここクロネリア王国の第一王女にして第一王位継承者、メリア・ランカストレ・ド・クロネリアその人である。  クロネリア王国は大陸南方に位置する、温暖な気候と肥沃な土壌に恵まれた豊かな国だ。  後方に背負う海洋、流入する多くの河川、広大な平野という景観に優れたその立地から、様々な野菜や果物はもちろん、それ以上に幅広い花卉の産地として名高く、花の国とも称される。  太古の昔、聖母アリアが末娘、未来を司る半神クローネにより築かれたとされ、以来、自然的および人為的災害を避けながら長く繁栄を続けてきた。  その歴史ある国の中心、王都ルティアの丘上にそびえる王宮には、本日早朝から立派な馬車がひっきりなしに訪れていた。城下の街から立派な城門、そして美しく整えられた庭園を抜けて正面玄関まで、途切れることのない華やかな行列が形成されている。  王宮の二階端に位置するメリアの私室の窓からは、その行列がよく見渡せた。 「いいですか、姫様。ちょうど今、玄関口で馬車からお降りになられたのが、大陸一の版図を誇る大国、ガイオン王国をお治めのヘンリー十八世国王陛下でございます。その後ろに続きますのが、ジャン=ジャック・アルエ・ヴォルテール侯爵、そしてルーファス・グレイスター伯爵。お二方はヘンリー国王の側近であり、寄せられる信頼も非常に厚く――」 「ねえマルガ」  不機嫌な寝ぼけ眼で窓辺のヒバリを追いかけていたメリアが、マルガリタの早口に割り込む。 「どうして私の髪を解かしながら、そんな話をしているの」  まるで男の子のように短いメリアの髪は、寝起き直後は際限なく暴れ回って見るに堪えない。  しかもマルガリタは、同時にメリアがこれから着るドレスについて周りの侍女たちに指示を出し、さらに合間で化粧具の用意まで行っている。ふっくらと恰幅のよいマルガリタだが、その外見にそぐわぬ機敏な動きは、長年の家令職で培われた誰にも真似のできないものだ。 「どうしてかとおっしゃいますと、姫様が一昨日も昨日もお勉強の時間をすっぽかしたからでございます。そのうえ、起こしても起こしてもベッドから出てこないような怠け者ですから、時間が押しているのです」  怠け者……仮にも王女である自分に向かってその言い草はひどいのでは、とメリアは思う。スツールに座って足をばたつかせながら「不敬罪!」と叫ぶが、マルガリタは意にも介さない。 「クロネリアの王女として、今日から始まる会議や園遊会で中心となられる方々のことは、姫様にもある程度事前に知っておいていただかないと」 「だからって、急にそんなまくし立てられても――」  と、そこまでぼやいたところで、メリアはふと疑問符を浮かべる。 「っていうかそもそも、会議って何? 園遊会って?」  するとマルガリタは、たまらず大きな大きな溜息をついた。 「何をおっしゃいますか、姫様。今日から数日間、我が国では三国同盟会議が行われるのだとあれほど……近頃はその準備のため、このマルガリタ自ら、ご進講申し上げてきたというのに」  三国同盟会議。確かにメリアも、その嘆きにまみれた言葉には聞き覚えがある気がした。  長きにわたる乱世を生き抜き、現在の大陸に残る王国は三つある。  一つはガイオン。広大な大陸の中央に位置する、交通の要衝であった街を端緒とした新興国。人と富の集まりやすい立地に加え、各地で採れる鉱山資源がその発展に拍車をかけた。その留まるところを知らぬ国力によって、かの国は今や比類なき国土と財力を備えるに至った大国だ。  さらに一つはアレイシア。大陸北部の峻厳な山中に築かれた戦士の国。古くより武芸を重んじる国風をもとに栄え、小さく痩せた国土を補ってあまりあるほどの建築技術と工芸文化、それらを脈々と培ってきた誇り高き民たちにより、現在では大陸列強として英名を馳せている。  そして残る一つがここ、クロネリア。  これら三つの王国により四百年ほど前に結ばれた協定が、時を経て三国同盟と呼ばれるようになった。やがて大陸は泰平の時代を迎え、今では数年に一度、各国が状況を共有し、今後の方針を定めるため、持ち回りで会議を主催することとなっている。  それが三国同盟会議である。数日に渡り、国の威信をかけて要人たちをもてなし、午前は侃侃諤諤の討論を、午後は社交のための園遊会を行うのだ。 「でも、そんなの今まで、私が出たことなんてなかったじゃない。どうして急に」  がしがしとヘアブラシを当てられているメリアに、背後のマルガリタがぴしゃりと答える。 「急ではありません。もう随分と前から、姫様が十歳をお迎えになられる本日、このクロネリア王国で開かれる会議を機に、姫様を王侯貴族の皆様にお披露目することが決められておりました。そのため今日だけは、午後からの園遊会が姫様のご誕生を祝う会となっております」 「はあ!? ちょ、そんなこといったい誰が決めて――」 「もちろん、姫様のお母君でありこの国の女王陛下であらせられる、ローザ様でございます」  反射で聞き返しはしたが、メリアにだってそれくらいはわかっていた。だからこそ、マルガリタの口から出た母の名を聞いて、ただでさえ不機嫌な顔が、さらにさらに険悪になる。 「何よそれ、おかしいじゃない! なんで私のことなのに、私には一言も相談なしなの!?」 「相談などなされるまでもなく、陛下が姫様とこの国にとって一番よいように、日取りをお選びになられました。それに対して姫様が口を出すことは許されません」 「だからなんでよ!」 「なんでも何も、そういうものでございます」  納得のいかないメリアをよそに髪は整えられ、化粧具や装飾品の載ったドレッサーがそばにやってくる。部屋の一角では侍女たちによってドレスやコルセット、ティアラなんかが着々と用意されていた。何もかもが自分の知らないところで自動的に進んでいる。 「もうっ! 百歩譲って相談はないとしても、事前に報告くらいあるものでしょ! あの堅物のお母様が、誕生会で私を驚かせようなんて考えてるわけもなし!」 「これまでに何度も、事前のご報告は致しましたよ。姫様がお忘れになってしまっただけかと」 「知らない聞いてない信じられない! だいたい、マルガはいっつもお母様お母様お母様! 何よ、お母様は絶対正しいの? 女王だから間違わないの? そんなのわかんないじゃない!」 「いいえ、女王陛下は絶対です。なぜなら、陛下にはクロネリアの未来が見えるのですから」  この、まるで当たり前のようにさらりと返ってくる言葉に、メリアはいつも内心で辟易する。  その時、扉が開かれた。現れたのは、件のローザだ。  長く艶めく、メリアと同じ真紅の髪。腰から大きく広がる真っ赤なドレスに身を包んだその姿は、まるで大輪の花のように美しい。 「邪魔をするわよマルガ。メリアはどう?」 「陛下」 「ああ、いいわ。そのままで」駆け寄ってこようとしたマルガリタを軽く手で制し、構わず作業を続けるように促す。「それで、もうすぐ準備は終わりそう?」 「申し訳ありません。今しばらく、お時間を頂ければと」  するとローザは少しだけ眉根を寄せた。 「そうしてあげたいところだけれど……もう広間では、到着した方々同士で顔合わせが始まっているのよ。とにかく、できる限り急ぎなさい」 「かしこまりました」  そして踵を返したローザだったが、ふいに何かを思い出したように言う。 「ああ、あと、今日のメリアのドレスはちゃんと新調したものにして頂戴ね。この子が一度着たものは、どこが破けているかもわからないから」 「心得ております」 「今日の会議には、クロネリアはもちろん、ガイオンやアレイシアからもたくさんの王侯貴族が集まるわ。重々失礼のないようになさい。予定通り、ここでメリアの婚約相手を選ぶわよ」  ところがローザの発言を聞いて、マルガリタが今日初めて「あっ」と動揺の声を上げた。 「陛下、そのことはまだ――」  次いで、即座に制止をかけたが、惜しくもあとの祭りであった。  ぷちんっ、とその時メリアの脳内に響いたのは他でもない、彼女の細い細い堪忍袋の緒が切れる音だ。婚約相手? 今確かに、目の前の母は婚約相手と言ったのか?  なんだそれは、とメリアは思った。いったい誰の婚約相手だそれは。  いや、誰のなんて言うまでもない。自分のだ!  まさか母からハッピーバースデーのサプライズならいざ知らず、ハッピーエンゲージのサプライズを仕込まれていようとは、さすがのメリアも考えていなかった。  唐突に突きつけられたその事実に、腰掛けていたスツールを飛ばして勢いよく立ち上がる。 「ちょっとお母様! 婚約なんて聞いてないわよ! 私、そんなの絶対しないんだから!」 「なっ……メリア、あなた何を言っているの!」  ローザの顔に困惑が広がる。聞いてないとはどういうことか、とマルガリタに振り返るが、しかし、彼女は彼女で既に額に手を当ててうなだれていた。  そうなるともう、この親子を止められる者などいなかった。メリアはローザに向かって叫ぶ。 「だいたい、お母様はいつもいつも、私のことを私に聞かないで決めすぎよ! お稽古の日程も、朝昼晩の食事のメニューも、私が毎日着るドレスの色まで! そういうのって、もううんざり! うんざりだし鬱陶しいし、ぶっちゃけうざい!」 「うっ……言ってくれるわね! こっちはあなたのために毎日色々考えているっていうのに!」 「知らない頼んでない考えなくていい!」 「そんなわけにいかないでしょう! 何せあなたは、この国のたった一人の王女なのだから!」 「それだってお母様が決めたことでしょ! 私は好きで王女なんてやってないわよ!」 「好きも嫌いもなく、あなたは王女に生まれたから王女なの! そして今日でもう十歳。あと五年もすれば、私の後継として国王となる立場にあるわ。いい加減、その自覚を持ちなさい!」 「はあ!? 知らないわよ! 国王になんてなるわけないじゃない!」 「ええ、なれるものですか今のままでは! 来る日も来る日もマルガを困らせて、勉学も、ダンスやマナーの稽古もすっぽかしてばかり。今朝だってどうせ寝坊したのでしょう? その癖あれこれとわがままばかり。祖神クローネ様に始まる由緒正しきクロネリア王家の娘でありながら、これほどまでに次期国王たる意気に欠けているなんて……まったく、あなたって子は!」 「だから国王になんてならないって言ってるじゃない!」  距離を詰め合いながらの言い合い、睨み合い。放っておけばお互い額でもぶつけそうな勢いだったが、その寸前になってついに、メリアの足が動きを見せた。  たっと駆け出し、にわかにローザの脇をすり抜ける。しかも去り際、たまたま彼女のドレスの裾を踏んづけていったものだから、またさらに場が荒れた。  慌てたローザは振り返ろうとしてバランスを崩し「あっ! ちょっと、こら!」派手に転倒。  それでも意地で伸ばし続けた手の先で、既にメリアは、部屋の窓枠に足を掛けていた。ここは二階。そしてその後ろ姿は、あろうことかネグリジェのままだ。 「ふんだ! 毎日毎日お母様の選んだドレスばっかり着てられないわ! 私はお母様の着せ替え人形じゃないんだから!」 「メリア待ちなさい! そんな格好でどこへ行くの! 窓は出入口じゃないってあれほど!」  侍女たちは驚き、マルガリタはもはや呆れ顔。流れる数秒の虚しい沈黙。一国の女王が転んで床に伏しているのだから、これほどの苦い沈黙もなかなかない。  やがてローザは、床に伏したままぽつりとこぼした。 「……私がドレスを選んだのは、今日だけじゃないの。でしょう、マルガリタ?」 「……左様でございます」  確かに、ドレスについては言いがかりだ。普段メリアの召し物を選ぶのはマルガリタで、それも、毎朝寝ぼけ眼のメリアに選ばせていたら時間が足りないからという理由にすぎない。  しかしながら、ドレスは別としてもそれ以外の事柄は……特に婚約の相手などは、たとえ未来が見えるわけでなくとも、普通は親が決めるものだ。それが王族という者たちの慣習である。  女王ローザ・カスティーユ・ド・クロネリアには未来が見える。幼い頃から、メリアはそう教えられて育った。その力こそ、クロネリア王国の初代女王にして民らが祖神、未来を司る半神クローネより受け継ぎし『未来視の権能』だ。  生来、クローネは人々に先んじて未来をうかがい知ることができた。それが彼女の大きな求心力となり、やがて国家という姿で形を成したのがこのクロネリア王国であるということは、国民たちにとって伝説であると同時に史実である。  半神伝説と言えば、この大陸に生まれて知らぬ者はいない。  古代、天界より地上に降り立った女神アリア。彼女はある人間の男を愛して聖母となり、様々な権能を身に宿す半神を産み落とした。そしてその権能で人間を守り導くよう教えたという。  かつて大陸に栄えた王国は、例外なくこの半神たちによるものであった。  半神の権能は、同じ血筋の、同じ性別の子孫、そのうち一人にのみ継承される一子相伝の異能だ。子が生まれて十五歳を迎えると親から権能が譲り渡され、次にその子が半神と呼ばれる存在になりかわる。  このことから、どの国でもいつしか権能の継承と同時に王位も継ぐのが習わしとなったそうだ。聖母アリアより与えられし特異な権能が、民を導く王権と同一視されるのは非常に自然な流れであったし、そうすることで権能の継承と国家の安定を保ってきた。  そしてこれは、ここクロネリアでも同様だ。初代女王クローネからローザの代まで、一度たりとも途切れることなく受け継がれてきている未来視の権能。  国を、人を、よりよい道へと導くための、母子相伝の羅針盤。  聖母アリアの教えをまっとうしようとするクローネの意思が、連なる後世の子孫たちに力を与え、目指すべき未来を見せるのだ。  ……いやいや何よそれ、うさんくさ。  今日まで散々聞かされてきた話を反芻し、しかし最終的にメリアが辿り着く感想が、これだ。  権能なんてものは眉唾だ。信じられるわけがない。だってもし、もし仮にそれが本当だとしたら……自分はこの先、母に言われるがままに育って、十五になったら母の後継として国王になって、母の決めた相手と結婚して――。 「冗談じゃない!」走りながらメリアは思わず叫ぶ。「私は、もっとずっと、自由に生きる。愛する人だって自分で選ぶの。私の未来は私が決めるわ!」  そもそも、自分の娘の逃げ足すら見切れないような人に未来が見えるとは、とんだお笑い種ではないか。一口に未来が見えると言っても、なんでもわかるわけではないのだ。  例えばローザは、知らないだろう。もう随分と前から、メリアが頻繁に王宮を抜け出していることも。そうして向かった修道院で振る舞われるカヌレやマカロンを、街の子供たちに混じって毒味もなしに手掴みで口に放り込んだ時の、あの甘さも爽快さも。  などと考えつつ王宮の裏門を目指していたメリアだったが、廊下の窓に映る自分の姿を見て、はたと気づいた。さすがにネグリジェのままでは行けない。  それをどうにかするためにと、メリアが足を運んだのは、王宮の一画にある召使いたちの居室だった。廊下の左右にはたくさんの扉が並んでいるが、今は皆、出払っていて静かなものだ。  メリアはずんずんと進んでいき、やがて、わずかに開いたままの扉を見つける。すると、にっと頬を引き上げて、その部屋の中へと飛び込んだ。 「やっほー! クッロエー!」  室内には予想通り、黒と白の簡素なエプロンドレスに身を包んだ少女がいた。 「えっ! あれ、メリア様!?」  驚いて盛大に手から箒を取り落とした彼女。名をクロエという、メリアと同い年の王宮召使い――の見習いだ。この時間はいつも見習いの仕事として、居室の清掃を行っている。  今年の春に王宮にやってきた彼女は、メリアにとって子供同士で親しみやすい存在だった。  けれどそれは、あくまでメリアから見た印象の話だ。他方、クロエとしては当然そうもいかないわけで、距離感のおかしい一国の王女相手に接し方がわからないのか、いつもたじたじ。  そしてこの日も例に漏れず、両目をぐるぐる回してしどろもどろだ。 「あ、あの、メリア様がどうしてここに? というか、いったいどうしたのですかその格好は!」  対してメリアはけろりと答える。 「いやー、それがさ。起きたら突然、会議に出ろって言われたもんだから、着替えほっぽって逃げてきたのよ」 「ええ! 逃げ……ええええ!?」 「ってわけでクロエ、何か着る物、貸してくれない?」 「そうは言われましても……ここにはメリア様にお貸しするようなお召し物は……」 「いやほんと、何でもいいから。あ、それと、あとで誰かに私のこと聞かれても、いつもみたいに知らないって答えておいてよね」  始終、慌て顔のクロエだが、付け加えられた言葉でよりいっそう、不安に表情を固くする。 「ま、まさかメリア様……今日も修道院に行かれるおつもりでは……」 「え、そうだけど?」  途端、仰天して飛び上がった。 「だ、だだだ駄目ですよ! 口裏合わせは前回で最後と、あんなに……あんなにお約束したじゃないですか! それに、今日の会議は国を挙げての一大行事です。いつも裏門をこっそり通してくれる衛兵さんは、特別配備で王宮の案内に当たっています!」 「そうなの? えー……じゃあ、街には行けそうにないわね」 「そうなんです! そうなんですよ! おわかりいただけて何よりです!」  すんなり引き下がってくれたメリアに安堵したのか、クロエがぱあっと顔を明るくする。面倒なことにならなくてよかった、という本音が漏れ聞こえてきそうな笑顔だ。  けれどそれも、短い沈黙を経て吐き出されたメリアの言葉で、脆くも崩れ去った。 「でもまあ、どうせ服は必要だし。私、今日はどうせ夜まで隠れるつもりだし」 「えっ」  直後、メリアの両手ががしっと、強くクロエの肩を掴んだ。 「そういうわけだから、服、ないならこれ貸して?」  そしてあまりにも自然な動作でクロエを押し倒した。きっちり首元まで留められたボタンが次々に外されていくと、華奢な鎖骨が露わになる。  すぐに肩が「あ、あの、ちょっと」続いて二の腕が「おやめくださいメリア様」そしてさらには胸元が「きゃ、変なとこ触ってます!」  比例するように、クロエの顔もどんどん赤くなっていき。 「メリア様ってば! あっ、やっ、きっ、きゃあ――――!」  本日、てんてこまいな王宮の片隅。そのか細い悲鳴に気づく者は、残念ながら一人もいない。
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