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私は、慌てて、インターホンに出た…
すると、やはり、お義父さんの姿が、インターホンのモニターの画面にあった…
「…おはようございます…お姉さん…お迎えに上がりました…」
と、丁寧な口調で、私に告げた…
その言葉だけ、聞くと、まるで、恋人を迎えに来たかのようだった…
それを、聞いて、私が返答する前に、
「…まったく、葉敬は、お姉さんに甘いんだから…」
と、バニラが呟いた…
あるいは、嘆いた…
文句を言ったと言っても、いい…
インターホン越しに葉敬の声が、聞こえたのだろう…
明らかに、葉敬の口調に不満な様子だった…
バニラは、葉敬の愛人…
事実上の妻だ…
だから、葉敬が、自分以外の女に、優しく接するのは、たとえ息子の葉尊の妻である、私でも、嫌に違いなかった…
すると、
「…まあ、いいじゃないですか…バニラさん…」
と、アムンゼンが、バニラに声をかけた…
「…別に葉敬さんが、矢田さんに、なにかするわけじゃないし…」
「…殿下、それは、そうですけれど…」
バニラが、曖昧に返答する…
さしものバニラも、アムンゼンの前では、形無しだった…
いつもは、猛獣のようなバニラも形無しだった(笑)…
バニラは、若く、美しい…
私が、見ても、完璧に美しい…
しかしながら、中身は、別…
中身は、ヤンキー…
がらっぱちのヤンキーだ!…
つまり、外見と中身が、真逆なのだ!…
が、
その怖いもの知らずのヤンキーのバニラも、相手が、アムンゼンでは、形無し…
まるで、バニラが小さな子供のようになったかのように、まるっきり歯が立たなかった…
だから、アムンゼンが、なにか、バニラに言うと、一言も反論できんかった…
あまりにも、立場が、違うからだ…
あまりにも、立場=身分が違うからだ…
だから、バニラは、アムンゼンに歯向かえんかった…
一言も歯向かえんかった…
が、
それに、気付いたのは、この矢田だけでは、なかった…
バニラの娘のマリアも、また、気付いた…
マリアが、母親のバニラに、
「…どうして、ママは、アムンゼンに甘いの?…」
と、聞いた…
直球で、聞いた…
「…甘い? …どういうこと?…」
「…だって、ママは、アムンゼンが、なにか、言っても、一言もアムンゼンを叱らないじゃない…」
気が強いマリアが言う…
実に、もっともなことを、言う…
が、
だからこそ、バニラは、悩んだ…
娘のマリアをどう説得するか、悩んだのだ…
だから、私は、助け舟を出してやった…
「…それは、アムンゼンが、他人様の子供だからさ…マリア…」
と、助け舟を出してやった…
「…他人様の子?…」
「…そうさ…マリアだって、自分の家の家族でもない人間に、あまり文句も言えないだろ…」
「…」
「…つまり、そういうことさ…」
私は、言ってやった…
バニラに助け舟を出して、やった…
「…つまり、そういうこと?…」
「…そうさ…マリアもいつか、母親になれば、わかるさ…」
私が、言うと、マリアが、すがるように、バニラを見た…
母親のバニラを見た…
「…ママ…そうなの?…」
「…そうよ…お姉さんの言う通り…」
バニラが答える…
マリアは、母親のバニラの同意を得て、納得した様子だった…
「…そうなんだ…」
と、一人、ブツブツと、呟いていた…
そして、それから、
「…でも、将来、マリアが、アムンゼンと、結婚すれば、アムンゼンも、他人じゃないよね…家族だよね…」
と、マリアが、バニラに言う…
これは、予想外…
まさに、予想外の質問だった…
予想外の質問に戸惑ったバニラは、
「…それは。そうでしょうけど…そんな遠い将来のことは…」
と、曖昧に呟いた…
さすがに、このアムンゼンが、小人症で、ホントは、30歳だとは、マリアに言えんかった…
いや、
言っても、子供のマリアにわかるわけも、なかった…
3歳のお子様のマリアにわかるはずも、なかった…
なにしろ、アムンゼンは、小人症…
仮に、20年経っても、外見は、なにも、変わらない…
20年経てば、マリアは、今の母親のバニラと同じ23歳になる…
だが、アムンゼンは、3歳の外見のままだろう…
とてもではないが、結婚はできない…
そして、それを、母親のバニラも、アムンゼンもまた、よくわかっている…
だから、なにも、言えなかった…
バニラは、なにも言えんかったのだ…
すると、見かねたアムンゼンが、
「…そのときは、そのとき…そのときが、来たら、考えましょう…」
と、口を挟んだ…
「…殿下…ありがとうございます…」
と、バニラが、アムンゼンに頭を下げる…
「…そのときって、なに?…」
と、今度は、マリアが、聞いた…
「…それは、マリアが、大人になったときさ…」
私は、言ってやった…
「…大人になったとき?…」
「…そうさ…」
私は、言ってやった…
「…マリアも大人になれば、結婚するだろ? 要は、そのときに、アムンゼンと、結婚するか、どうかさ…」
私が、言うと、マリアが、悩んだ…
「…結婚…」
と、呟いて、悩んだ…
そして、
「…そんな先のことは、わからない…」
と、言った…
前言を翻して、言った…
「…マリア…そんな先のことは、わからない…」
マリアの前言を翻した言葉を聞いて、明らかに、バニラは、ホッとした表情になった…
が、
私は、正直、複雑だった…
このアムンゼンが、マリアを好きなのは、事実だったからだ…
3歳のマリアと、30歳のアムンゼン…
さすがに、結婚は、ありえんが、将来は、わからない…
しかしながら、その将来の芽を摘むことは、さすがに、アムンゼンに悪かった…
正直、アムンゼンは、あと二十年経っても、このままだろう…
3歳の外見のままだろう…
すると、当然のことながら、結婚は、無理…
結婚は、難しい…
しかしながら、それを、アムンゼンに告げることは、できん…
可哀そう過ぎて、できんからだ…
だから、黙った…
私も、バニラも黙った…
言葉が、見つからんかったからだ…
だから、黙った…
正直、不気味な沈黙ができた…
気まずい空気が、流れた…
そのときに、ちょうど、
「…ピンポン…」
と、ベルが、鳴った…
お義父さんが、やって来たに違いなかった…
お義父さんの葉敬がやって来たに違いなかった…
私は、ホッとした…
そして、それは、バニラも同じだった…
話題が、変えられると、思ったからだ…
だから、ホッとした…
ホッとした私は、急いで、玄関に走った…
そして、玄関のドアを開けた…
「…お姉さん…おはようございます…」
と、ドアを開けるなり、葉敬が、言った…
私の顔を見るなり、言った…
「…おはようさ…」
と、私は、反射的に答えた…
ホントは、葉敬は、私の義父だから、敬語を使わなければ、ならないが、なぜか、つい、いつものように、言ってしまう…
いつも、親しい他人と接するように、接してしまう…
が、
葉敬は、それを、気にするどころか、むしろ嬉しそうだった…
私が変に葉敬に壁を作らないのが、嬉しいのかも、しれない…
誰もが、偉くなれば、本音で接して、もらえなくなる…
葉敬は、その典型…
台湾で、伝説の立志伝中の人物…
台湾の教科書に載るような、お偉いさんだからだ…
だから、誰もが、遠慮する…
葉敬に遠慮して、接する…
だから、飾らず、本音で、接する私が、好きなのかも、しれんかった…
そういうことだ…
そして、葉敬は、玄関に入って来るなり、アムンゼンに気付いた…
アムンゼンの存在に気付いた…
これは、当たり前…
当たり前だった…
なぜなら、このアムンゼンの存在は、葉敬にとって、想定外の存在に違いなかったからだ…
ここにいるのは、私とバニラとマリアしか、想定していないに違いなかったからだ…
いわゆる、葉敬のファミリーしか、想定していないに違いなかったからだ…
まさか、それ以外の人間が、ここにいるとは、想定していないに、違いなかったからだ…
だから、葉敬は、驚いて、アムンゼンを見た…
それから、
「…キミは?…」
と、アムンゼンに聞いた…
アムンゼンは、平然と、
「…アムンゼンと言います…」
と、言って、葉敬に頭を下げた…
「…今日は、偶然、バニラさんとマリアに会って、それで、ごいっしょしても、いいかと、お聞きしたら、構わないと、言ったので、ごいっしょさせて、頂いて、おります…」
と、大人顔負けの言葉を言う…
それを、聞いて、葉敬は、驚いた…
「…キミは、子供にもかかわらず、大人顔向けの言葉を言うね…」
と、言って、驚いた…
「…ハイ…ボクは、子供の頃から、ずっと、周囲の人間が、大人ばかりの中で、育ったもので…」
「…周囲の人間が、大人ばかりの中で、育ったって、キミは、まだ子供だろ?…」
「…そうでした…スイマセン…」
と、言って、ペコリと葉敬に頭を下げた…
「…キミは、たしか、以前、会ったことが、あるような…」
「…マリアさんの通う保育園の仲間です…いっしょに、保育園に通ってます…」
「…そうか…それで、どこかで、見たことが、あると、思ったんだ…」
「…そうです…覚えて頂いて、光栄です…」
アムンゼンが、言う…
アラブの至宝が、言う…
それを、見て、バニラが、慌てて、
「…葉敬、この方は…」
と、言いかけたが、アムンゼンが、軽く首を横に振った…
正体を明かしては、ダメだと、バニラを牽制したのだ…
「…この方は、どうした? …バニラ?…」
葉敬が、尋ねると、バニラは、なにも言えなかった…
アラブの至宝に、口留めされて、なにも、言えなかった…
代わりに、アムンゼンが、
「…きっと、バニラさんは、ボクが、お金持ちの子息だと、言いたいんだと思います…」
「…キミが、金持ちの息子?…」
「…マリアさんの通う保育園は、この日本に在住する世界中のセレブの子弟が、通う保育園…だから、ボクの父も、お金持ちです…」
「…そうか…」
「…ですが、当然、葉敬さんには、遠く及びません…」
「…そうか…」
葉敬が、気持ちよさそうに、言った…
自分が、アムンゼンの父親よりも、金持ちだと言われたのが、嬉しかったのだろう…
が、
この二人の会話を横で、聞いていると、なんとなく、雲行きが、怪しいというか…
なんとなく、不安になった…
<続く>
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