アラブの至宝 6

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 私は、慌てて、インターホンに出た…  すると、やはり、お義父さんの姿が、インターホンのモニターの画面にあった…  「…おはようございます…お姉さん…お迎えに上がりました…」  と、丁寧な口調で、私に告げた…  その言葉だけ、聞くと、まるで、恋人を迎えに来たかのようだった…  それを、聞いて、私が返答する前に、  「…まったく、葉敬は、お姉さんに甘いんだから…」  と、バニラが呟いた…  あるいは、嘆いた…  文句を言ったと言っても、いい…  インターホン越しに葉敬の声が、聞こえたのだろう…  明らかに、葉敬の口調に不満な様子だった…  バニラは、葉敬の愛人…  事実上の妻だ…  だから、葉敬が、自分以外の女に、優しく接するのは、たとえ息子の葉尊の妻である、私でも、嫌に違いなかった…  すると、  「…まあ、いいじゃないですか…バニラさん…」  と、アムンゼンが、バニラに声をかけた…  「…別に葉敬さんが、矢田さんに、なにかするわけじゃないし…」  「…殿下、それは、そうですけれど…」  バニラが、曖昧に返答する…  さしものバニラも、アムンゼンの前では、形無しだった…  いつもは、猛獣のようなバニラも形無しだった(笑)…  バニラは、若く、美しい…  私が、見ても、完璧に美しい…  しかしながら、中身は、別…  中身は、ヤンキー…  がらっぱちのヤンキーだ!…  つまり、外見と中身が、真逆なのだ!…  が、  その怖いもの知らずのヤンキーのバニラも、相手が、アムンゼンでは、形無し…  まるで、バニラが小さな子供のようになったかのように、まるっきり歯が立たなかった…  だから、アムンゼンが、なにか、バニラに言うと、一言も反論できんかった…  あまりにも、立場が、違うからだ…  あまりにも、立場=身分が違うからだ…  だから、バニラは、アムンゼンに歯向かえんかった…  一言も歯向かえんかった…  が、  それに、気付いたのは、この矢田だけでは、なかった…  バニラの娘のマリアも、また、気付いた…  マリアが、母親のバニラに、  「…どうして、ママは、アムンゼンに甘いの?…」  と、聞いた…  直球で、聞いた…  「…甘い? …どういうこと?…」  「…だって、ママは、アムンゼンが、なにか、言っても、一言もアムンゼンを叱らないじゃない…」  気が強いマリアが言う…  実に、もっともなことを、言う…  が、  だからこそ、バニラは、悩んだ…  娘のマリアをどう説得するか、悩んだのだ…  だから、私は、助け舟を出してやった…  「…それは、アムンゼンが、他人様の子供だからさ…マリア…」  と、助け舟を出してやった…  「…他人様の子?…」  「…そうさ…マリアだって、自分の家の家族でもない人間に、あまり文句も言えないだろ…」  「…」  「…つまり、そういうことさ…」  私は、言ってやった…  バニラに助け舟を出して、やった…  「…つまり、そういうこと?…」  「…そうさ…マリアもいつか、母親になれば、わかるさ…」  私が、言うと、マリアが、すがるように、バニラを見た…  母親のバニラを見た…  「…ママ…そうなの?…」  「…そうよ…お姉さんの言う通り…」  バニラが答える…  マリアは、母親のバニラの同意を得て、納得した様子だった…  「…そうなんだ…」  と、一人、ブツブツと、呟いていた…  そして、それから、  「…でも、将来、マリアが、アムンゼンと、結婚すれば、アムンゼンも、他人じゃないよね…家族だよね…」  と、マリアが、バニラに言う…  これは、予想外…  まさに、予想外の質問だった…  予想外の質問に戸惑ったバニラは、  「…それは。そうでしょうけど…そんな遠い将来のことは…」  と、曖昧に呟いた…  さすがに、このアムンゼンが、小人症で、ホントは、30歳だとは、マリアに言えんかった…  いや、  言っても、子供のマリアにわかるわけも、なかった…  3歳のお子様のマリアにわかるはずも、なかった…  なにしろ、アムンゼンは、小人症…  仮に、20年経っても、外見は、なにも、変わらない…  20年経てば、マリアは、今の母親のバニラと同じ23歳になる…  だが、アムンゼンは、3歳の外見のままだろう…  とてもではないが、結婚はできない…  そして、それを、母親のバニラも、アムンゼンもまた、よくわかっている…  だから、なにも、言えなかった…  バニラは、なにも言えんかったのだ…  すると、見かねたアムンゼンが、  「…そのときは、そのとき…そのときが、来たら、考えましょう…」  と、口を挟んだ…  「…殿下…ありがとうございます…」  と、バニラが、アムンゼンに頭を下げる…  「…そのときって、なに?…」  と、今度は、マリアが、聞いた…  「…それは、マリアが、大人になったときさ…」  私は、言ってやった…  「…大人になったとき?…」  「…そうさ…」  私は、言ってやった…  「…マリアも大人になれば、結婚するだろ? 要は、そのときに、アムンゼンと、結婚するか、どうかさ…」  私が、言うと、マリアが、悩んだ…  「…結婚…」  と、呟いて、悩んだ…  そして、  「…そんな先のことは、わからない…」  と、言った…  前言を翻して、言った…  「…マリア…そんな先のことは、わからない…」  マリアの前言を翻した言葉を聞いて、明らかに、バニラは、ホッとした表情になった…  が、  私は、正直、複雑だった…  このアムンゼンが、マリアを好きなのは、事実だったからだ…  3歳のマリアと、30歳のアムンゼン…  さすがに、結婚は、ありえんが、将来は、わからない…  しかしながら、その将来の芽を摘むことは、さすがに、アムンゼンに悪かった…  正直、アムンゼンは、あと二十年経っても、このままだろう…  3歳の外見のままだろう…  すると、当然のことながら、結婚は、無理…  結婚は、難しい…  しかしながら、それを、アムンゼンに告げることは、できん…  可哀そう過ぎて、できんからだ…  だから、黙った…  私も、バニラも黙った…  言葉が、見つからんかったからだ…  だから、黙った…  正直、不気味な沈黙ができた…  気まずい空気が、流れた…  そのときに、ちょうど、  「…ピンポン…」  と、ベルが、鳴った…  お義父さんが、やって来たに違いなかった…  お義父さんの葉敬がやって来たに違いなかった…  私は、ホッとした…  そして、それは、バニラも同じだった…  話題が、変えられると、思ったからだ…  だから、ホッとした…  ホッとした私は、急いで、玄関に走った…  そして、玄関のドアを開けた…  「…お姉さん…おはようございます…」  と、ドアを開けるなり、葉敬が、言った…  私の顔を見るなり、言った…  「…おはようさ…」  と、私は、反射的に答えた…  ホントは、葉敬は、私の義父だから、敬語を使わなければ、ならないが、なぜか、つい、いつものように、言ってしまう…  いつも、親しい他人と接するように、接してしまう…  が、  葉敬は、それを、気にするどころか、むしろ嬉しそうだった…  私が変に葉敬に壁を作らないのが、嬉しいのかも、しれない…  誰もが、偉くなれば、本音で接して、もらえなくなる…  葉敬は、その典型…  台湾で、伝説の立志伝中の人物…  台湾の教科書に載るような、お偉いさんだからだ…  だから、誰もが、遠慮する…  葉敬に遠慮して、接する…  だから、飾らず、本音で、接する私が、好きなのかも、しれんかった…  そういうことだ…  そして、葉敬は、玄関に入って来るなり、アムンゼンに気付いた…  アムンゼンの存在に気付いた…  これは、当たり前…  当たり前だった…  なぜなら、このアムンゼンの存在は、葉敬にとって、想定外の存在に違いなかったからだ…  ここにいるのは、私とバニラとマリアしか、想定していないに違いなかったからだ…  いわゆる、葉敬のファミリーしか、想定していないに違いなかったからだ…  まさか、それ以外の人間が、ここにいるとは、想定していないに、違いなかったからだ…  だから、葉敬は、驚いて、アムンゼンを見た…  それから、  「…キミは?…」  と、アムンゼンに聞いた…  アムンゼンは、平然と、  「…アムンゼンと言います…」  と、言って、葉敬に頭を下げた…  「…今日は、偶然、バニラさんとマリアに会って、それで、ごいっしょしても、いいかと、お聞きしたら、構わないと、言ったので、ごいっしょさせて、頂いて、おります…」  と、大人顔負けの言葉を言う…  それを、聞いて、葉敬は、驚いた…  「…キミは、子供にもかかわらず、大人顔向けの言葉を言うね…」  と、言って、驚いた…  「…ハイ…ボクは、子供の頃から、ずっと、周囲の人間が、大人ばかりの中で、育ったもので…」  「…周囲の人間が、大人ばかりの中で、育ったって、キミは、まだ子供だろ?…」  「…そうでした…スイマセン…」  と、言って、ペコリと葉敬に頭を下げた…  「…キミは、たしか、以前、会ったことが、あるような…」  「…マリアさんの通う保育園の仲間です…いっしょに、保育園に通ってます…」  「…そうか…それで、どこかで、見たことが、あると、思ったんだ…」  「…そうです…覚えて頂いて、光栄です…」  アムンゼンが、言う…  アラブの至宝が、言う…  それを、見て、バニラが、慌てて、  「…葉敬、この方は…」  と、言いかけたが、アムンゼンが、軽く首を横に振った…  正体を明かしては、ダメだと、バニラを牽制したのだ…  「…この方は、どうした? …バニラ?…」  葉敬が、尋ねると、バニラは、なにも言えなかった…  アラブの至宝に、口留めされて、なにも、言えなかった…  代わりに、アムンゼンが、  「…きっと、バニラさんは、ボクが、お金持ちの子息だと、言いたいんだと思います…」  「…キミが、金持ちの息子?…」  「…マリアさんの通う保育園は、この日本に在住する世界中のセレブの子弟が、通う保育園…だから、ボクの父も、お金持ちです…」  「…そうか…」  「…ですが、当然、葉敬さんには、遠く及びません…」  「…そうか…」  葉敬が、気持ちよさそうに、言った…  自分が、アムンゼンの父親よりも、金持ちだと言われたのが、嬉しかったのだろう…  が、  この二人の会話を横で、聞いていると、なんとなく、雲行きが、怪しいというか…  なんとなく、不安になった…                <続く>
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