会社(冷子)

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会社(冷子)

 会社ってところはとにかく面倒くさい。  昔ほど口に出しては言わないけれど、妙齢の女性も男性も結婚していないとあらぬ噂をたてられる。  私、氷室 冷子、35歳は社内の微妙な空気に嫌気がさしたので、自分で自分に結婚指輪を買う事にした。  相手は・・・まぁ誰でもいいや。田舎の親戚の紹介で。とか行っておけば。  それで、苗字は氷室姓にしましたって言って、会社はこのまま続けます。って言えば。結婚式はこのご時世だし、身内で済ませました。でいいよね。  子供ができるかはいずれにしてもこの年齢だともう作る気があるかも微妙だし、そこまで人の家に興味もないだろうし。  とにかく、結婚したって事実があればいいのよね。  冷子はその名前からも、色白で近寄りがたいほどの美貌からも、氷の女王などと呼ばれていて、それ故、「結婚できない女」と、噂されていた。 『できないんじゃなくて、したいと思う程の相手がいないのよ。誰も告白もしてくれないし。』  冷子は給湯室での女子のおしゃべりを聞くともなく聞いてしまって、傷ついていたのだ。 「ねぇねぇ、氷室さんってさ、冷感症っていうの?感じないらしいよ?」 「へぇ、じゃ、もしかして、誰かと付き合ったからそれがわかったのかな?」 「この会社にはそんな勇気のある男はいないだろうね。」 『じゃぁ、どこからそんな噂が立ったのよ。』  冷子は、大学時代に大恋愛をして、その彼とは身体の相性も良く、二人で幸せな夜を沢山過ごしていた。決して感じないなどとは言わせたくない。  彼は卒業を直前にして、青年海外協力隊の申し込みに合格し、日程が合わずに卒業しないまま、日本を発ってしまった。  その場所でテロ事件があってから連絡が取れなくなって、身内でもない冷子には領事館などもいろいろ答えてはくれず、礼子は彼を諦めざるを得なかった。  にせものの結婚指輪を買った翌日、指環をして会社に行き、上司に結婚報告をした。  上司はポカンとしていたし、周囲もポカンとしていたが、これ以上噂に傷つけられることもないだろうと、冷子は少しほっとした。  冷子の結婚の噂は近隣の部署まで広がったが、相手が仕事関係者でない以上は踏み込めないし、75日間の噂どころか1週間ほどで、皆落ち着いてしまった。  冷子はそのまま淡々と仕事を続けることができてほっとした。
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