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後編
「うん?」
降り続く雨を見てうっかり口にしてしまった言葉は、藤澤君の耳にも届いたらしい。
いきなりこんなこと言われても興味を引くような話題ではないはずなのに、彼はいつもと同じのんびりとした雰囲気で耳を傾けてくれたので、何となく話し続けた。
「昔、雨女って言われたから」
「雨女? ああ、苗字?」
「そう」
「小学生男子が言いそう」
「その通り」
「典型的な小学生男子だね。それで雨が嫌いなんだ」
「うん」
今日みたいに雨が降ってると、自分でもやっぱりと思ってしまうほど、私の中では雨女という言葉が居座っている。
藤澤君まで巻き込んでしまってごめんね、と心の中で思っていると、藤澤君はこちらに顔を向けた。
「俺の下の名前知ってる?」
呼んだことはないけれど、同じクラスなのでもちろん知っている。
「晴彦君?」
「そう。名前に晴れって漢字がついてるから、イベントとか遊びに行くときに勝手に晴れ男だと思われて、雨が降ったらなぜか俺が外したって言われる」
そのとんでもない推測理論に呆気に取られたけれど、一呼吸おいて思わず笑ってしまった。
「全然関係ないのに」
「ないよね。そもそも苗字や名前に雨とか晴れとかついてるやつなんて全国に数えきれないくらいいるのに、全員集合したらどうなるんだって話だよね」
藤澤君の例えを想像して、私は笑いが止まらなくなる。
そんな風に考えたこともなかった。
そうしたら私は雨側にいて、藤澤君は晴れ側にいるのだろうか。
「ごめんね、今日は外して」
真剣にそんなことを言うものだから、私の笑いは最高潮を迎えてしまった。
どうやら今日の天気は私に軍配が上がったらしい。
「雨宮さん、笑い上戸?」
「藤澤君がおもしろいこと言うから……っ」
「そうかな?」
藤澤君はいつもと同じのんびりとした様子で首を傾げている。
私に気を使って笑わせてくれたわけではないらしい。
「もう、笑ったら何だか気が楽になってきた。今度からは雨が降っても気にならないかも。ありがとう、藤澤君」
涙が出るくらい笑ったせいで本当に気持ちが軽くなって、藤澤君に感謝した。
外はまだ雨音が続いているけれど、暗い灰色の空を見ても憂うつな気持ちにはならない。
藤澤君の方を見上げて笑うと、いつものんびりと落ち着いている彼の表情が右往左往していた。
どうしたのだろうと思っていたとき。
「……あの、雨宮さん。今度の休みの日に、一緒に出かけない?」
降り続いている雨音に交じって聞こえた藤澤君の言葉に、私は一瞬息をするのも忘れた――。
初めて二人で出かけた日は、朝からすっきりとした快晴で、藤澤君が「今日は外れなかった」と言ったから、私はまた笑ってしまった。
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