2 赤津理沙と加森聖奈

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「ここに住み始めてから、家族はまだ誰も亡くなっていないんですか?」加森聖奈は心配そうな表情で訊いた。 「ええ、結婚して子供を生みましたけど、まだ誰も死んでいないです」 「なにかアドバイスいただけませんか? 赤津さんのこと、本当に尊敬します」  加森聖奈のわざとらしい態度に赤津理沙は虫唾が走っていたが、できる限るアドバイスすることにした。腐っても隣人である。邪険にして恨まれても困るのだった。築き上げてきた赤津家の平和と安全が脅かされるのだけは避けたい。 「どこの町でもそうだけど、新参者には冷たいのよ。愛着がないからターゲットにされやすい。それに毎年殺される人の数は、その年の出生数と転入数の合計で決まるわけでしょ。子供を生んだ夫婦と移住してきた家族は恨まれやすいのよ」 「はい……」加森聖奈はまた落ち込んだ様子でアスファルトを見ながら歩いていた。 「できるだけ人と仲良くすること。これがとにかく大事。小さな揉め事も決して起こさないように努力するの。見知らぬ人であってもすれ違う時は挨拶をしたほうが良いし、町内で祭りや会合があればできる限り出席すること。浮いた存在になったら負けね」 「やっぱり私たち家族が狙われているんですね……なんとなくそんな気はしていました。町内の人達の私を見る目がキツかったんで」 「そう思うなら残り1週間で仲良くなればいいじゃない」赤津理沙は慌ててフォローしていた。 「私が住んでいる家なんですけど、前に住んでいた人って殺されたんですか? 空き家だったということは、そういうことなんですよね?」 「うん」赤津理沙は嘘をついてもいずれバレてしまうと思い、正直に答えていた。 「前の人は何年くらいあそこに住んでいたんですか?」 「1年」  そう言ってからすぐに後悔していた。1年という数字を伝えるにしては、あっさりしすぎている気がしていた。嘘でもいいから長考すべきだった。 「……まさかとは思いますけど、あの家に住む人たちを町内でグルになって毎年殺しているということはないですよね?」加森聖奈は今にも泣き出しそうな顔になっていた。 「ないない」赤津理沙は顔を引きつらせながら笑っていた。 「町内会の皆さんが私によそよそしいのは、感情移入しないようにするためって感じがするんです。食用の家畜に名前を付けないみたいな」 「考えすぎだってば。とりあえず一度住んだら10年間は転出できないから、腹をくくるしかないです。生き残るためにお互い頑張っていきましょう」  そう言いながら、去年惨殺された隣人である戸倉夫妻の事を思い出していた。  必死の形相で助けを求めてきた戸倉夫妻を赤津理沙は見捨てた。黒いマスクを被った人間に執拗に追いかけ回されている様子を、カーテンの隙間からただ観察することしかできなかった。  夫の赤津正樹は警備隊である。デッドウィークになると脱走者を始末するために町の外で監視している。いつもは電話をしても全く繋がらないが、その日は悪い予感がしていたのか何度も電話をよこした。「何か異常はないか?」と。戸倉夫妻が助けを求めていることを伝えると「絶対に家に入れるな。罠の可能性がある」と興奮した口調で伝えてくるのだった。  あの時、助けるべきだったのでは?   赤津理沙は1年が経過した今も自責の念に悩まされている。戸倉夫妻の悲痛な声が頭にこびり付いて離れなかった。越してきたばかりだった戸倉夫妻に、デッドウィーク中は家に籠城したほうがいいとアドバイスしたはずなのに、なぜか夫妻は外に出ていた。武尾町の建物は外から破壊して侵入できるほどヤワではない。2人は自ら外に出ることを選んだとしか思えないのだった。  あの時の覆面は一体誰なのか? 町内会の誰かなのだろうか? どんなに考えたところで答えは出ないし、分かったところでその人を責めることもできない。  全てが合法なのだ。
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