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3 加森イサムと南出夫妻
塩漬けされた肉を繊維状にほぐす者。ほぐされた肉を計りに乗せて一定量に調節する者。その肉を缶詰の容器に詰め込む者。ベルトコンベアの周囲には肩がぶつかる程の従業員がひしめき合い、全てを手作業で行なっていた。
足元に散らばっている肉片は昨日今日のモノではなく、腐敗して悪臭を漂わせている。従業員が顔につけているマスクは食品衛生への配慮というよりも、悪臭から鼻を守るためのものになっていた。
加森イサムは、ネズミやゴキブリが走り回っている床を用心深く歩いていた。時折見かける大きめの肉片からはウジが炭酸のように湧き出し、大量のコバエが宙を舞っていた。
とんでもない場所に来てしまったと後悔していた。便所に行かずにそこら辺で用を足しても、誰にも文句を言われないような環境である。表情筋を動かしてマスクがズレると、隙間から悪臭が容赦なく入り込み、吐き気に襲われた。
塩漬け肉の入った缶詰に蓋をかぶせる際に、ハエが中に入らないように払い避けている南出智也の姿を見つけると、加森イサムは駆け寄って挨拶をした。
「南出さん、今日からよろしくお願いいたします」
「おお! イサム君か。働くことにしたんだね」
南出智也は歓迎しつつも、仕事の手を休めることはなかった。左手に持っている缶詰の蓋でハエを払い、右手に持ったピンセットで肉に付着したまま動かなくなった虫がいれば取り除き、隙きを突いて蓋を被せる。一連の動作に迷いはなく、何年間もここで働いていることが伝わってくるのだった。
「働かなくても配給される食料で生きていけるとはいえ、やっぱり家にずっといるのは気が滅入りますし、少しは働いてお金を稼がないとつまらないので」
「でしょ」南出智也は嬉しそうにしていた。
ベルトコンベアのさらに奥では、錆びついた缶シーラーを使って缶を密閉する作業を行なっている人たちがいたが、レバーを下ろす度に甲高い悲鳴に似た音を発していた。数人は指先を失っていた。彼らに悲壮感はなく、会話を楽しみながら労働に励んでいる。
そのさらに奥では熱湯の中に缶詰を入れて加熱処理する工程が見えた。巨大な扉を開ける度に大量の湯気が漏れ出していた。安全に配慮された装置は何もなく、ほとんど素手に近い状態で作業を行っていた。
「なかなか、すごい環境ですね」加森イサムは南出智也の横に張り付くと耳打ちした。
「懲役刑がマシに見えるでしょ」
「こんなに不衛生で品質に問題はないんですか?」
「加熱するから平気だよ。細菌なんて死滅する」
「はあ……」
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