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南出夫妻は武尾町に住む前は異邦(いほう)町で暮らしていた。異邦町は毎年の死者を投票で決める町である。人間関係が全てであり、些細な過ちであっても噂はすぐに町中に広まり、ターゲットになった。
南出夫妻はそんな異邦町で100年以上も生き延びてきた。まるで選挙に立候補でもしたかのように人々と常に笑顔で接し、悩み事には親身になって相談に乗った。近所の住人とは家族以上の関係を築き、絶対に裏切らないと血判状を捺印した者同士で結託して、町の中で浮いた話のある人に投票してきたのだった。
その集いが徐々に膨張し、やがて町には数十個の派閥ができるのだった。その中には南出派という派閥も他薦によって作られていた。
名前を勝手に使われたことに南出夫妻は憤りを感じていたが、感情を押し殺して穏やかに対応することにした。反感を買えば終わりである。夫妻は派閥のトップとして指揮を執るようになると、いつしか場馴れし、積極的に会合を開くようになった。
「次は誰に死んでもらうか」議題はこれだけ。最初こそ熱のこもった議論を重ねていたが、夫妻の提案に反対する者を見せしめに処刑リストに載せた年から、反対する者は1人も出てこなくなった。力を行使したのはたった一度だけである。それは絶対的な力を手に入れた瞬間だった。
そんなある日のこと。上手く立ち回っていたつもりだった南出夫妻は、食料の配給をもらうために並んでいた時に、ある声を耳にした。
「次は南出に投票しよう」
南出智也は聞き間違いと思い聞き流していたが、横にいた南出彩乃も同じ言葉を聞き、顔面が蒼白になっていた。誰かがわざと聞こえるように発した言葉だった。
その場では取り乱さずに冷静さを装っていたが、南出彩乃の足は小刻みに震えていた。2人は食料を受け取るとそそくさと帰宅。誰の声だったのか検証したが見当もつかない。
南出夫妻は打ちひしがれていた。生き残るために皆がしていることを同じ様にしてきただけである。「目立ちすぎない、隠れすぎない」を念頭に置いてやってきた。しかし派閥のトップに担ぎ上げられた時点で、こういう未来が待っていることは覚悟すべきだったのだと、引き受けたことを後悔するのだった。
「これはただの心理戦だ。誰かが俺たちをビビらせるためにやっただけで、何も決まっちゃいないよ」南出智也は妻を安心させようと必死だった。
「投票までまだ日にちがあるし、他の町に引っ越さない?」南出彩乃は涙ぐんでいた。
「おいおい、たった1人の戯言じゃないか」
「たとえ1人であったとしても、今までにあんなこと言われたことなんてなかったでしょ。1人いるならもっといるかもしれないし」
「ゴキブリじゃないんだからさ」
「そもそも派閥に個人名を使うこと自体が間違っているのよ。狙われるに決まっているじゃない。私は1人でもこの町を出ていく」
「わかったよ」
妻の提案を南出智也は条件付きで受け入れた。その内容は、他の町にしばらく住んだ後に、もう一度異邦町に戻ってくるというものだった。
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