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「以前は福運町だっけ?」
「そうです。運がすべての町です」加森イサムは質問に答えつつ、南出智也の動きを真似して缶に蓋を被せていた。
「あそこを生き延びたのなら、運が良さそうだね」
「いやいや、もう使い果たしたかもしれないです。毎日、色々な神様に祈っていましたよ。名前が覚えられない神様は紙に書いて読み上げていました」
「ははは、そりゃいい。永遠の命を手に入れたのに、まだ神様に願い事をしないといけないなんてね」南出智也の笑い声はマスクの中でこもっていた。
「本当ですよね。朝なんて汗だくになるくらいに祈っていました。年に一度の抽選日が近づいてくると、筋肉痛になりました」加森イサムは笑い声に釣られて冗舌になっていた。
「でもなんでここに引っ越してきたの?」
「精神的な疲労ですね。抽選日が近づいてくると寝られなくなるんです。生き残っても神経がすり減ってしまって。それで妻と一緒に町を出ようという話になったんです。武尾町は2人で決めました。これからは運任せではなく、2人で力を合わせて実力で生きていこうと誓ったんです」
「いい夫婦だね」南出智也は加森聖奈の可愛らしい顔を思い出していた。
「ところで南出さんは、ずっと武尾町ですか?」
「以前は異邦町にいたよ」
「異邦町って投票でしたっけ?」
「そう。俺は嫌いじゃなかったんだけど、妻がどうしても出たいと言って、この町に引っ越してきたんだ。武尾町は殺すか、殺されるか。すごくシンプルで、今は結構気に入ってるよ」
南出智也は缶詰の中から生きているゴキブリをピンセットでつまみ出すと、足元に落として踏み潰した。
「結構な頻度で虫が混入するんですね」加森イサムは声を震わせていた。
「ここでは虫との戦いだよ。缶の中に隠れても蓋をされて死ぬのに馬鹿な奴らさ。人目につかない場所でコソコソしているのが賢い生き方なのにね」
加森イサムも小さなゴキブリを見つけると、ピンセットで慎重に取り除いて足元に落としたが、どうしても踏み潰すことができなかった。福運町にいた頃に運気を高めるために実践していた不殺生が抜けないのだった。
「踏み殺して」と南出智也に促されたがイサムは足の裏で押さえつけるだけで力を込められなかった。
「イサム君……こんな事は言いたくないんだけど、この町に向いていないんじゃない?」
「やっぱり、そう思います?」加森イサムの顔は引きつっていた。
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