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運転すること1時間。福運町と武尾町のおよそ中間地点でブレーキを踏み込んだ。タイヤが悲鳴を上げながら道路に黒い線を残すと、シートベルトが体に食い込み、荷台に積んだ死体の山が音を立てて転がっているのが座席に伝わってきた。
前方に飛び出してきたそれは、動物ではなく人。成人男性である。佐田秀介は目の前で起きた出来事を消化できずにいた。男の格好は警備隊とは程遠く、薄汚いホームレスに近い。しかし一般人が町の外を自由に出歩くことは許されてはいないはずである。野良犬みたいに轢き殺したほうが良かったのではないだろうかと思ったが、次の瞬間にそれは確信に変わっていた。
男は運転席にいる佐田秀介を睨みつけたまま、ズボンの後ろから銃を取り出すと迷わずに発砲。弾はトラックのフロントにめり込んだ。
「クソッ!」とっさに身を屈めながらアクセルを踏んだ。
男は横にかわしつつ正確な腕で前後輪のタイヤを撃ち抜いてバーストさせた。佐田秀介はコントロールを失っていたが、沿道の畑に突っ込むのだけは避けたかった。動物が畑に足を踏み入れてしまい、監視ロボットの掃射で粉々になって土の栄養になるのを過去に何度も目撃していたからである。
ブレーキを踏むと、道を塞ぐような形でトラックは停止。荷台からは死体が生き返りそうなくらいの衝突音が「ゴンゴン」と響いていた。
「おい! 食料をよこせ!」男は声を張り上げた。
「もう届けた後だ」佐田秀介はシートに身を隠しながら大声で答えていた。
「嘘を付くな! 後ろを開けろ!」
「勝手に開けて中を見ろよ」
「指紋認証がないと開かないだろ。指を落としてもいいのか?」
男は運転席から下りるように指示し、佐田秀介は素直に従っていた。こんなところで指を失うわけにはいかない。頭部に銃口を向けられたまま荷台まで移動した。
「開けろ!」
「本当に入ってねーよ」
ドアを開けると死体袋は散乱していた。
「ほら、あるじゃないか!」と男は興奮していたが、手前にある袋のジッパーを下ろして絶句するのだった。「なんだよ……これ」
「見たら分かるだろ。死体だよ」佐田秀介は自主的に両手を上げながら説明した。
「変態野郎が……エリクサは持ってるか?」男は諦めきれずに所持品を奪い取ろうとしていた。
「あるけど、そんなもん自分で買えよ。なんで盗賊みたいなことしてんだよ」
「黙って出せ!」
「見た感じ結構老化が進んでいるみたいだけど、こんなことしないといけないなら、どこかの町に住んだほうがいいと思うよ」
「それ以上喋ったら撃つぞ」
佐田秀介はポケットからエリクサの入った小さな袋を取り出すと男に投げて渡した。
「それにしてもこんな場所でよく生活していられるね。廃墟を寝床にしてるの? 町に住んでいれば食料が配給されるのに」
「うるせぇ奴だな、おい」男は喋るのをやめない佐田秀介に呆れていた。
「俺は武尾町で暮らしているんだけどさ、来週から殺し合いが始まるんだよ。あんたも転入してきたらいいじゃない。銃を持ってるのはかなり有利だぞ」
「……住む場所はあるのか?」男は少しだけ興味を示していた。
「無ければ奪うんだよ。そういう町だ。ここにいたってそのうち警備隊に見つかって撃ち殺されるだけだぞ。嫌じゃなければ俺の家の部屋を貸してやるよ」
「……変な奴だな、お前」
「無条件ではないよ。銃を貸してくれ。どうやって手に入れたのか知らないけど、それがあれば安泰だ」
「駄目と言ったら?」
「力ずくで奪うよ」
佐田秀介は自分の真後ろに立っている男の顎に後ろ蹴りを放った。男はとっさに引き金を引いていたが、佐田秀介は蹴りの際に上半身を90度に折り曲げていたため、銃弾は空気を切り裂きながら耳の横を通過していくのだった。男の顎は粉砕し、ほとんどの歯が折れていた。白目を剥きながら倒れると、頭から地面に着地。頭蓋骨の割れる音が響いた。熱せられたアスファルトに血溜まりが広がるがすぐに蒸発し、喉に張り付くような鉄の匂いが充満していた。
銃を奪い取ると、ポケットに入っている残りの弾を回収。どんなもんか試しに撃ってみたいという好奇心を抑えきれずに、男の顔に向けて1発だけ発砲した。
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