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洞窟の中で銃を撃つと自分の鼓膜を痛める可能性があったため、赤津正樹は女の髪を鷲掴みにして洞窟の入り口まで引きずった。手を放すと抜けた大量の毛髪が地面に落ちた。
「お前が殺せ」
「はい」
和田哲平は命令を受けて銃口を女に向けた。赤津正樹の言うことは何も間違っていなかった。こういう連中を見逃せば世界の人口は増え続け、今以上の食糧難になってしまうだろう。誰かがやらなければならないのだ。そう自分に言い聞かせながらライフルの引き金を引いた。
命乞いする女の脳天に弾がめり込んだ。白目を剥いて後ろに倒れると、後頭部を地面に強打していた。
和田哲平にとっては人生初の処刑。幼い頃から殺害現場は幾度も見てきた。死体をまたいで通学したこともある。しかし自分の手で人を殺めたのは今回が初めて。熱でも寒気でもなく、電流が体を流れる感覚があった。必死に平静を装ったが足の震えが止まらない。
「やればできるじゃないか」
「ありがとうございます」和田哲平は敬礼していた。
「この後の手順は訓練所で教わっているよね?」
「はい」
和田哲平はポケットから携帯を取り出すと、死亡通知のアプリを起動させた。手の甲に埋め込まれたマイクロチップは脈拍が無い状態が続くと死亡したとみなし、最寄りの携帯を経由して自動的に役場へ信号が送信されるのだった。そして本日の死亡者数として人数が発表される。
「死亡者数は増えてる?」
「いいえ。変わらないです」和田哲平は不思議そうに画面を見つめていた。
「探知機に引っ掛からないだけじゃなくて、死亡信号も送られないように書き換えられているのなら、かなりやっかいな問題だぞ」
「ヤバいですね」
「もしくはこの女は武尾町に住民票を移さずに、今までずっとやり過ごしてきたとか」
「そんなの無理ですよ。配給が貰えないじゃないですか」
「……それもそうだな」赤津正樹は新人に論破されて少しだけ恥ずかしくなっていた。
「このブローカーはなんで自分のマイクロチップを無効化しなかったんでしょうね? 無効化してたら僕たちに気づかれずに逃げ切れたかもしれないのに」
「そこまでのリスクを負う気はなかったんだろうな。小遣い稼ぎのために他人のマイクロチップを無効化するけど、自分のはそのまま。そりゃそうだ。チップに手を加えたら国から処罰される。下手すりゃ死刑だ」
「どこからやってきたんでしょうね?」
「どうせ旧市街だろ。あそこは無法地帯だ。ハッカーなんて腐る程いる」
「なるほど」
「え〜と、名前はなんだっけ?」
「え? 僕ですか?」和田哲平は自分の顔を指差した。
「他に誰がいるんだよ」
「……和田哲平です」
「そうそう、和田くんは運がいいよ。デッドウィークの本番前に殺しを経験できた。今夜は興奮して眠れないかもしれないけど、すぐに慣れるよ」
「ありがとうございます」和田哲平は殺しに慣れるよりも、あんたに慣れる方が難しいと思っていた。
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