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2 赤津理沙と加森聖奈
いよいよ来週から殺し合いか……。赤津理沙は昨年の8月を思い出して身震いしていた。家のすぐ目の前で起きた殺戮をカーテンの隙間から覗き見していたあの暑い日が、昨日の事のように感じられた。
今年はいつも以上に準備してきたつもりである。日々の食事量を少しずつ減らして保存食をまめに作ってきた。2週間までなら家に閉じこもっていても平気なように蓄えてきた。経験上、デッドウィークが2週間以上続いたことはなく、平均すると約1週間で終わる。
これで十分だろうと自分に言い聞かせた。ただでさえ毎週配給される食料品は量が少なく、これ以上切り詰めて生活するのは困難なのだ。他の家庭よりも上手にやっている自負があった。
国から支給される正規のエリクサを闇市で売り、安いジェネリックなエリクサに切り替えることも可能だが踏み切れなかった。「効果は一緒」と人々は言うが、どうしても信用できない。
赤津理沙はクーポン券を握りしめながら、大型トラックの後ろにできた行列に並んでいた。毎週月曜日が配給日であり、炎天下の中を順番待ちしている行列の中には顔見知りが多くいる。食料を配給している人は赤津家の右隣に住んでいる橋本英世である。橋本英世は知り合いが来てもサービスすることは一切なく、その真面目な性格が買われて配給の仕事に就いていた。
この日を逃してもクーポンさえ持っていれば、火曜日の午前中までなら受け取ることはできるが、今は平均気温が35度を超える7月下旬である。鮮度の下がった残り物しかなく、野菜に至っては腐っていることがあるため、月曜日の配給を厳守しなければいけなかった。
「出生数と転入数が7月の時点で97人を超えたらしいよ」
「今年のデッドウィークは……長くなりそうだな」
列の前方にいた町民同士の会話が聞こえてきた。話している内容が事実なら、8月までに100人を超えるかもしれない。久しぶりの3桁になってしまう。
赤津理沙は気が遠くなるのだった。武尾(たけお)町は人口2万の小さな町である。その中から100人の町民が死ななければならないとなると、自分が死ぬ確率は約200分の1。「私は大丈夫」と楽観視できる数字ではなかった。考えれば考えるほどに悪い想像が働き、去年家の前で惨殺された戸倉夫妻に自分を重ね合わせてしまうのだった。
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