2 赤津理沙と加森聖奈

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 武尾町には様々な過去を持った人間が住んでいるが、その殆どが20代の見た目をしている。実際の年齢は200歳以上であっても、エリクサは飲み始めた年齢の見た目を維持できるのである。赤津理沙と加森聖奈は少女のようなルックスであるが、180歳と150歳だ。ただし20歳以下の年齢でエリクサを飲んでも子供の容姿を維持することはなく、成長のピークである20代の見た目になるのだった。  配給係である橋本英世とその妻である橋本妙子は、エリクサを飲み始めたのが60歳だったため髪は白く、顔にはシワが目立っているが、実年齢は120歳。赤津理沙と加森聖奈よりも年下である。 「重たいから気をつけてね」橋本英世は優しい声を掛けて袋を渡した。 「ありがとうございます」赤津理沙は両手で袋を受け取ったが、自分を子供扱いする橋本英世に内心ムカついていた。「なぜタメ口なんだ?」と胸ぐらを掴んで説教してやりたいくらいだった。この町で長く生活していくつもりなら、言葉使いや挨拶を軽視してはいけないことくらい分かっているはず。 「一緒に帰りませんか?」という加森聖奈の誘いを断りたかったが、他に用事があるわけではなく、ましてや家は隣同士である。無言で同じ帰路を歩く気まずさに耐えるくらいなら一緒にいた方がいいと思い、しぶしぶ肩を並べて自宅まで歩いて帰ることになった。 「お互いにゆっくりとお話をしたことってないですよね?」小柄な加森聖奈の上目遣いが不快だったが「そうですね」と微笑みを返した。夫の赤津正樹にも同じ目で挨拶している姿を見たことがあったが、夫は無表情で対応していた。 「デッドウィークを生き残るためのコツってあるんですか? 私は初めてなので緊張してるんです」 「最初はみんな緊張するけど、むしろそれが良いんですよ。慣れた時に隙が生まれて失敗するんです」赤津理沙は丁寧に回答してから、質問を返した。「なんでこの町に引っ越してきたんですか? 武尾町は難易度が高いですよ」 「私は前まで福運(ふくうん)町に住んでいたんです。その年の死ぬ人をクジで選ぶ町です。80年近く生活したんですけど、本当に神経がすり減って、なんだか運を使い切ってしまった気がしたんです」 「家族は無事だったんですか?」 「最初の夫とは死別しています。クジでハズレを引いてしまったんです。今の夫は2人目です」加森聖奈は少しだけ恥ずかしそうにしていた。 「……そうなんですか。お気の毒です」 「私たちってエリクサを毎日飲んでいれば、致命的な事故にでも遭わないかぎり100歳、200歳とずっと生きられるわけですけど……」 「ええ、それがどうかしました?」 「結婚することに意味ってあるんですかね? 何歳になっても生殖機能は衰えないわけですし、おっぱいも垂れない。それなら恋人をどんどん取り替えて生きていく方が良くないですか? 結婚って歳を取ることが前提にあると思うんです。独り身の寂しさを紛らわせるための処世術に過ぎませんよ」  それは赤津理沙も常々感じていることだった。これから先、数百年と生きていくことができるのに、わざわざ同じパートナーと過ごす意味なんてあるのだろうかと思っていた。祖父母、両親、自分、子供、孫、みんな見た目は20代である。年齢差が100歳以上あっても結婚して子供を生むことができてしまう。もはや結婚という概念が遺跡の壁画に描かれている古臭い制度にしか見えなかった。  国は離婚するための手続きを煩雑にしていった。結婚と離婚を繰り返してその都度子供が生まれてしまうと、人口増加に歯止めが掛からなくなるからである。離婚する場合は3親等以内の親戚を12人集め、さらに3分の2以上の同意が必要とされるのだった。 「今のご主人とは、夫婦関係が上手くいってないんですか?」 「はい」加森聖奈は小さく頷いていた。「主人という言い方は嫌いです。向こうはまだ50歳で、私は150歳を超えているんです」 「年齢なんて今の時代、意味を持たないですよ。住んでいる町で数え直したほうがいいくらいです。この町ではあなたはまだ1歳未満」 「面白い考え方ですね。赤津さんはこの町に住む前は、どこか違う町に住んでいたんですか?」加森聖奈の表情に明るさが戻っていた。 「若本町にいました」 「あ〜知ってます。年齢制限のある町ですよね」 「そうそう」  赤津理沙は若本町に住んでいた頃の出来事を詳しく話していた。
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