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クロユリの花束を君に
刑事を辞めた冴島は小さなオフィスを借りて、探偵事務所を開くことにしていた。探偵なら単独行動ができる。しかし、すぐに依頼人が来るわけはない。
不意に事務所のドアが軽くノックされた。「どうぞ」と返事をすると、そこには山城が立っていた。普段と違う、どこかやわらかな表情だ。
「おや、珍しい来客だな。最初の依頼人はやっちゃんか」
「先輩、その呼び方はよしてください……と言ってもやめないでしょうね」
「それで、どうしてここに?」
「先輩が探偵事務所を開くと聞いて、開所祝いを持ってきました。これです」
それはクロユリの花束だった。少し照れくさそうに冴島に渡す。
「やっちゃん、センスないな。開所祝いなら、胡蝶蘭じゃないか? それに、自分で言ってただろ? 花言葉は『呪い』とかろくでもないものばかりだって」
「ああ、そんなこともありましたね」
間違いなく覚えてるな、と冴島は思った。
「それにしても、先輩の独断専行には参りましたよ」
「悪かったな、後輩にフォローされる教育係で」
「私はヤマを追いかけるんで、このあたりで失礼します」
「最後に聞かせてくれ。クロユリを持ってきたのには、特別な意味があるんだろう?」
「さあ? それを推理するのも探偵の仕事でしょう?」それだけ言い残すと、山城は去っていった。
冴島は探偵としてではなく、一人の男として山城の意図を汲み取った。彼女が帰った後に、小さくつぶやいた。
「クロユリの花言葉は『恋』か」
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