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数時間後、病院の待合室で、警部は冴島に問いかけた。
「それで、山城の状況はどうだ?」冴島は疲れ切った表情で顔を上げ、かすかに笑みを見せた。
「警部、安心してください。医者が言うには、致命傷ではないそうです。時間はかかるかもしれませんが、山城は助かるとのことです」
警部はその報告を聞き、重い身体を椅子に預けた。
「そうか、それならよかった……」
数日後。冴島は山城が入院している病院に見舞いにやって来た。
病院に入ると、受付で「山城の見舞いに来たのですが、病室はどちらでしょうか?」と訊ねる。受付の女性はカルテを確認し、「山城さんですね。605号室です」と落ち着いた声で案内した。
冴島はエレベーターに乗りながら、どう声をかけるべきか考え込んでいた。単純に「ありがとう」だけでは済まない気がしていた。チンという音とともに、エレベーターが6階に止まる。
「605号室はこっちか」と彼は呟きながら廊下を歩き、目当ての部屋の前に立つ。深く息を吸い、覚悟を決めてノックした。
「どうぞ」という山城の返事が部屋の中から聞こえる。そのいつもと変わらない声に、冴島は少し安心した。
「あ、先輩でしたか。もしかして、罪悪感でお見舞いに来ましたか? 別に気にしなくてもいいのに」と山城は冗談交じりに言う。
「それもあるが、俺は教育係だ。部下の心配をするのは、当たり前だろ?」
「へえ、先輩に自覚があってホッとしましたよ」と山城は薄く笑みを浮かべ、いつものように軽く冴島をからかう。
「それで、怪我の具合はどうだ?」
「医者からは一ヶ月ほど安静にするように、と言われています」
「焦るなよ。しっかり治すのが先決だ」
「それよりも、先輩をかばったせいで傷物になっちゃいました。責任とってくださいよね!」
山城が冗談交じりにそう言った瞬間、冴島は一瞬言葉を失った。彼女の軽口が予想外だったが、どこか照れくさい気持ちもあった。
「先輩、後ろに隠しているのは何ですか? 定番の果物とかですか?」
「いや、花だ」
冴島は後ろに隠していた花束を渡す。それは、クロユリの花束だった。花言葉は「恋」。赤いバラも考えたが、直接的すぎてやめにした。
「クロユリですか。先輩、センスないですね。花言葉を検索しますか」と山城はスマホを取り出す。
「『復讐』。え、復讐!? それに『呪い』!? 先輩、私が死ねばいいと思ってませんか?」山城の言葉は刺々しい。
「いや、他にも花言葉があって……」と、冴島は言いかけるが、山城によって遮られる。
「先輩、帰ってください。顔を見たくもありません!」
「悪かった。すぐに退散するよ。早く現場に戻ってこいよ」と言い残して、冴島は病室を後にした。
扉を閉める前、山城が何か小さく呟くのが聞こえた。
「もしかして、クロユリのもう一つの花言葉の……いや、そんなわけないか」
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